「……なさい………」
う~ん…あともう少し………
階下から母の呼ぶ声がすれど、太陽のような髪の少女は布団により深々と潜り込む。
「起きなさい………」
あと30分…いや…15分だけ………
「起きなさい!!もう………くん、ずっと待ってるのよ!!?」
ギガデインもかくや、という怒鳴り声に、ようやく少女は文字通り飛び起きる。
そうだった、今日は16歳の誕生日。
1人で旅に出ることを許される日。
………何でか、生まれた日が同じ隣の朴念仁も、一緒に旅に出ることになってしまったけれど。
すっかり家族の一員みたい、リビングに通されて揚げ焼きパンをかじるアイツに一瞥くれてから、洗面所に駆け込んで冷水で眠気覚まし。
鏡に映る自分に笑顔を返せば、準備は万端だ。
洞窟に潜むモンスターに、荒れ狂う大海原。
グレンの荒野に出没するという爆弾魔や、アズランの温泉で覗き見しようとする不埒な集団。
不安の種もたくさんあるけれど、きっと大丈夫。
アイツと2人なら、ダークパンサーだって敵じゃないんだから。
ベコン渓谷を皮切りに、グレン、カルサドラ火山を経由して、アズランへ。
ご先祖様の旅をなぞって、だけどもやっぱり、アドリブも交えたい。
だってこれは、私の冒険なんだ。
一風変わった占いをするというオルフェアの路地裏の露店や、カミハルムイの居合の術を伝える道場はすごく気になっているし、ヴェリナードのスーパーモデルとアクセサリー屋を兼任する女傑にはぜひお会いしてサインを貰いたい。
アイツには嫌な顔をされるだろうけど、呪いの武具を扱う珍しい酒場に立ち寄ってみたいし、他にも霊峰の奥深く、鶏と竜を祀る神社や、見つけられるものならドルセリンと勇気の力で戦う秘密戦隊の基地にもお邪魔してみたい。
エスコーダ商会への挨拶はマストだし、魔法建築工房の最新技術にも触れてみたい。
チケットが入手困難だろうとあのアイドルグループのライブは一度でいいから体験したいな、あ、昔ながらの生活を伝承するオーグリードに根付いた部族だって気になるわ。
アットホームなチームを見つけて、しばらくお世話になってみるのもあり。
やりたいことは盛り沢山、1分1秒も無駄にできない。
胸当てに具足はオッケー、篭手は…道すがら身に着けよう。
「母さん!父さん!!行ってきます!!!」
テーブルの上のグラスを引ったくって、牛乳を一気に飲み干す。
「ほら、行くよ!」
呑気にパンを咥えたままの幼馴染の手を引いて、玄関まで一直線に走り出す。
「ちょっと待ちなさい!」
また母さんの雷が飛んできた。
ああ、今度は一体何なの?
「あんたね!いきなり忘れるなんて何考えてるの!この髪飾りはねぇ、お祖母ちゃんの………」
そうだった、旅の道連れはもう一人、いや、もう一つ。
あんなに身に着けるのを憧れていた、アズライトの髪飾り。
仕方ないよね。
うっかり忘れて飛び出しそうになるくらい、冒険の誘惑は甘美なんだもの。
「はいはいはいはい、お祖母ちゃんのお祖母ちゃんのお祖母ちゃん、とにかくすっ…ごい昔から代々受け継がれた大事な宝物で、御守り!ね!」
ひったくるように受け取って走り出す。
「こら、乱暴に扱うんじゃないの!」
そういう母さんだって、初めての冒険の旅のさなか、大地の箱舟から海に落っことしたくせに。
その時に探すのを手伝ってくれたのが、父さんだよね。
耳がタコメットになるくらい聞かされたんだから。
母さんの説教を引き千切って、転びそうになるのも構わずに、2人でルシナ村の出口まで笑い声と一緒にひた走る。
腰に下げた二振りの短剣もこれから待ち受ける冒険に弾んでいるようだ。
お陽さまの香る、母親譲りの橙の髪の上で、アズライトがきらりと蒼く輝いた。
今日は、記念日。
蒼天のもと、また新しい冒険の書が刻まれる記念日である。
~完~