「夢幻郷ね!夢幻郷!!コレ、テストに出ますからね!」
「………何のテストだい、まったく」
ラーディス王島の東方の海岸線、そこから雲間を見上げると、運が良ければ、あるいは悪ければ、海上にそびえる夢幻郷の姿を目にとめることが出来るという。
アストルティアにまことしやかに伝わる、七不思議の一つだ。
かの勇ましきミサークはその昔、お供のバルバトスと寡黙な探偵を引き連れて、夢幻郷の地に足を踏み入れんと、大航海に繰り出したんだそうな。
「…で、小春日和の中、意気揚々と出航した勇者ミサーク御一行は、突然の嵐に巻き込まれ、海岸まで命からがら帰り着いた、と」
夢幻郷を目指して、船と呼ぶなど烏滸がましい、転落防止の柵すら万全ではないイカダで漕ぎ出したミサーク達は、近付くにつれ突然湧いて出た暗雲に頭上を覆われ、大嵐に見舞われてイカダは大破、残骸を浮き輪代わりに何とかもとの浜まで泳ぎ着いた。
息を切らして浜から振り向いた空は、まさしく夢幻でも見せられたかのように晴天、そこに変わらずそびえる夢幻郷は、やがて風に融けるが如くふわりと姿を消したのである。
「…で、その思い出話の、何が引っかかるって?」
その夢幻郷とやらは、蜃気楼の類なのではないかと昔から言われている。
辿り着けなくてもさもありなん。
急速に興味を失いつつも、ミサークからの話を途中でなげうつウィンクルムではない。
「バルバトスのおっさんから、連絡があってさ。最近になって、そん時の探偵、ヤガミさんっつうジーンズの似合う伊達男だったんだが、その人の手記を預かってないかって聞かれたらしくてね」
夕暮れのジュレット、いつものように桟橋に立つバルバトスのもとに現れた二人組は、藪から棒にそう尋ねたのだという。
「もう何年も前の話だっていうのに今更………ちょっと、気になってな」
話しきってミサークは、再び一口、珈琲で喉を潤した。
「思うにさ、その…え~っと…」
ぴっと立てた人差し指をくるくると回して記憶を辿るウィンクルムに、ミサークは助け舟を出す。
「ヤガミさん?」
「そ。その人が、あんたとバルバトスさんを雇ったんじゃないの?」
ウィンクルムの予想は果たして、正鵠を射ていた。
「お、御明察」
バルバトスは船の調達と船頭として、ミサークはウェナ諸島のガイドとして、ヤガミに雇われたのであった。
「ちょっと考えれば誰でも分かるよそんなん。で、そもそもヤガミさんに依頼をしたのが、その2人だったってことは考えられない?」
「まあ、そうなるよな…」
「何だ何の不思議もないじゃん」
ウィンクルムはバナナが強めなミックスジュースをすすり、あまり考えすぎるなとの思いを言葉のニュアンスに込めた。
頬杖をつき、再びバルバトスを眺めるミサーク。
おそらくは既に、ミサークの方にもその2人が接触してきたのであろうとウィンクルムは予想する。
その時に何か、不穏な空気をミサークは感じたのだろう。
でなければ、今日この場には、ジュレットの酒場のパフェが大好物であるごましおも連れてきていたはずだ。
まったく、これだけ分かりやすいってんだから、スパッと直球で頼めば良いものを。
ウィンクルムはもどかしさにうなじをかく。
「………さてね。じゃ、そのモヤモヤを解消しにいくとしようか」
「はい…?」
豆鉄砲を食ったクックルーのような顔をしたミサークを尻目に立ち上がれば、椅子の役割を果たしていたゴレムスがばらばらと元のゴーレムの姿に組み直る。
「ほら、ボサッとしない!」
兎にも角にも、鍵はその手記だ。
ウェイターにお代を済ませると、バルバトスからも話を聞くべく、ミサークの手を引き歩き出すウィンクルムであった。
続く