「ふぁあぁ………」
ようやく朝日が地を舐め始めるまだ薄暗い時間、ふかふかのベッドから我が身を引き剥がす。
パジャマ代わりのシンプルでゆったりとしたキャミソール姿で眠い目をこすりながら、洗面所を目指した。
背びれを越える程のストレートヘアーは、そよ風に揺れるレースのカーテンのよう。
かつて取材した海底都市の豪奢なクラゲのシャンデリアを彷彿とさせるウェーブヘアーは、そこから毎朝時間をかけてセットされている。
シャワーと着替えを手早く済ませ、彼女の名を冠した蝶といくつかの花の髪飾りを波打つ絹のような髪に添えれば、外出の準備は万全である。
ふと、鏡台の上の友人からの手紙が目に留まる。
『あげは、ど~せ休日無駄に過ごしてるっしょ?ちょっと遊びに来ない?』
軽薄な表情と口調も含めてありありと脳内で再生され、少しだけ腹立たしげに手紙を畳んだ。
「…まぁ確かに、無駄に過ごしてはいるけどさ」
気が置けない友人の、忌憚ない誘いの言葉に、あげはは少し口を尖らせた。
「いってきま~す!」
気を取り直す為にも、誰に向けてでなく元気に挨拶を飛ばし、商売道具のカメラを肩に掛ける。
折角の休日だというのに、惰眠をむさぼる贅沢をかなぐり捨てた理由。
今日は、じにーがコツコツと修繕したという古民家にお呼ばれしているのだ。
本当は修繕の手伝いにも駆けつけたかったのだが、なかなか仕事が忙しく折り合いがつかなかった。
フィルムの予備も充分、スキップするような軽やかな足取りで、駅を目指すあげはであった。
「…あ!お~い、あげはちゃ~ん!こっちこっち~!!」
大地の箱舟から降り立つ頃には、まだ朝と呼べる頃合いだが、ホームが賑わう程度の時間にはなっている。ぴょんぴょんと跳ねながら両手を振る姿に、あげはは慌てて走り寄る。
「リ、リリ、リーネさん!?ご、ご無沙汰してますッ!!!」
あげははぶんと風をきり、折れんばかりに頭を下げた。
何でも、じにーは荷物の受取りがあるとかで、代わりに共通の知人を迎えに送るとのことだったのだが、よもやそれがクライアントの一人であるとは聞いていない。
「かったいなぁ~。今日は仕事じゃないんだし。あ、別に仕事中もリーネでいいよ~」
あははと快活に笑い、歩き出す背中の後を追う。
あげはは不定期ながら、新聞やファッション誌に記事や写真、イラストを寄せている。
およそ1年前に発表した、族長のバンダナにインスピレーションを受けたコーディネートにキラーパンサーを合わせた悠久の大地の息吹が香る1枚は、見事に季刊誌の表紙を飾り、一躍あげはの名前をアストルティア中に知らしめた。
それが目にとまり、冒険者であるならば知らぬ者はいない大富豪、リーネとも繋がりが出来たのだ。
(そういえばその時もじにー経由だったっけ…)
当時はまだ、仕事の相手も中身も選り好みしている余裕の少ない駆け出しの身分。
会わせたい相手がいるとのじにーからの誘いに、先方の名前も聞かず二つ返事で馬車を乗り継ぎ辿り着いたヴェリナードにて、じにーの隣でこちらに気付き手を振る姿に腰を抜かしたものである。
リーネの本業であるアクセサリー屋の仕事の密着取材から始まり、彼女が出資する数々の社交パーティーやドレスアップ集会の特集を専属で任せてもらえることとなった。
結果、自身の趣味を兼ねたハウジングの紹介記事も広くアストルティアの住民の目にとまり好評を博し、あげはの稼業は軌道に乗ったのである。
いくらリーネからフランクにと頼まれても、それは無理というものだ。
「舗装は進めてるんだけどまだぜんぜん終わってなくて、なにせ山道だからしっかり掴まっててねぇ」
「は、はい!」
未だ堅苦しい緊張を抱いたまま、じにーの愛車である、アラモンドZのレプリカモデルにタンデムするあげはであった。
続く