「…やっぱりそう来るよね」
ユクの背後には、間違いなく、砕け散った巨腕の残骸が転がっている。
しかし、やや顔面に苛立ちを貼り付けたベータの両腕を包み込むように新たなレンガが寄り集まり、やっとの思いで砕いたばかりの巨腕が今度は二振り現れた。
今度はその生成の過程をつぶさに目の当たりにした訳だが、何処かから飛来するでもなく、足下から植物が生えるようにレンガが湧き出てきていた。
魔力に依存するものではあろうが、最初の一つを砕かれてからリロードに間髪を入れないこと、惜しみなく二つ生成したこと、それらの情報から残念ながらまだまだ余力は充分にあるのだろう。
更には、自らの腕に鎧のごとくまとわせた状態、より繊細な動きが可能になったであろうと考えられる。
それに対して、こちらはジリ貧である。
回収しきれずタロットカードはデッキの半分近くが散らばったまま、背中は自ら放った死神のカードの爆発に焼かれてジクジクと痛み、立っていられず片膝をついた。
おかげで集中も途切れてしまい、手持ちの札に何が示されているか、感知ができない。
当然、そんなユクの窮状などお構いなしに、腕を引きずるようにゆらり一歩、また一歩とベータは歩み寄る。
「…少しは手加減してくれてもいいのに」
既にこちらを狩るには過剰な凶器を抱えていると言うに、更に何か造りあげようというのか、一つ、また一つと、ユクとベータの中間点にレンガが浮かび上がる。
「………ん?何だ?」
てっきりベータの仕業と思ったのだが、新たなレンガを見るなり、ベータは怪訝な表情を浮かべ足を止める。
よく見れば新しいレンガはベータの両腕を包むそれとは似ても似つかない明るい色をしていた。
加えてレンガが増えていくにつれ、戦場には場違いな香りが漂い始める。
「バジルと…チーズ…?」
そう、ユクの食欲を誘うこの香りは、ピザの匂いに間違いない。
「なんだいありゃ!?」
遠目でベータの異形を目にしたウィンクルムは、先行してユクを救うようゴレムスにお願いしていたのだ。勿論、友人一人を危険な目に合わせるウィンクルムでは無い。
分離、飛翔するゴレムスの移動速度に敵うべくもないが、ミサークとともに全力で走る。
これまでの道中、相手の一人がまるでオーガのような珍しい体型のドワーフだとは、ミサークから聞いていた。
しかしながら、腐肉のような色をしたゴーレムの腕を持つとは聞いていない。
「うわ、あいつだ!今日は一人しかいないみたいだけど、ヤガミさんについて尋ねてきたのは間違いなくあいつだよ!…痛いッ!?なんでっ!?」
ビシッとベータを指差したミサークの後頭部を、飛び上がったウィンクルムがハリセンで一閃した。
「アンタねぇ!あんなんと出くわしたんなら、その場でヴェリナード軍なりジュレットの自警団なり、通報しとけってんだよっ!!ど~せみっともなく鼻の下伸ばしてたんだろ!」
「いやいやいや、そん時ゃあんなね!?ゴーレムみたいな腕、ついてなかったんだよ!!」
夫婦漫才のような言い争いを繰り広げつつ、ミサークとウィンクルムはお互いにへっぴり腰になりながらも、ユクを庇うように位置取るのであった。
続く