「ユクの事はいいから、巻き込まれる前に、早く、逃げて」
再び像を成したゴレムスは、ベータを横合いから殴りつけるように絡まり合って転がっていく。
加勢は有り難いが、自力で解決困難といえど、無関係の相手を危険に巻き込むのは忍びない。
「狭いアストルティアだ、野暮なことは言いっこなしだよ」
テキパキとウィンクルムはユクの手当てにとりかかる。
「そうそう、それにまぁ、限りなく当事者に近いっつうか…だいたいさ、いつだったか、ドルブレイブショーのチケットが手に入るって占ってくれた姉さんだろ?あん時は、ほんとありがとな!ちょっとまあ、休んでてくれって」
ベータの異形にばかり目が行き、今の今まで気付いていなかったが、ミサークらにとってユクは赤の他人ではなく、むしろ大恩ある相手であった。
「このッ、クソがぁっ!!」
敵との背丈は同等、であれば質量の差で圧したゴレムスであったが、転がりざま、ベータは肘で地を打ってゴレムスの巨体諸共に起き上がり、がっしりと組み合って睨みつける。
「ゴ!」
その力もまた拮抗しており、互いの踵が地を抉る。
「………不意を突かれたが…知っている。知っているぞ!お前は携帯用ゴーレムだな…?」
ゴレムスの戦闘をとりあえずは静観し、打開策を見極めようとしていたミサークは、ベータの言葉に不安を覚えた。
「ゴレムス!一旦離れろ!!」
例えそれで敵を自由にするとて、このままでは何かが不味いとミサークは叫ぶ。
「もう、遅い」
ミサークの方を一瞥し、ベータはにやりと微笑む。
「ゴゴ!?」
不意に敵の力が増した。
じりじりと押されるようになり、更には次第に力の差は歴然としていき、まるで敵の姿が自分よりも大きくなったかの………いや、違う。
ゴレムスはそこでようやく気が付いた。
「ゴレムス!」
ウィンクルムの悲痛な声が響く。
ゴレムスの背後にいたウィンクルム達のほうが、その時ゴレムスに何が起こっていたのかを、いち早く目の当たりにしていた。
「やはり波長が合う。経年劣化か?お前のほうが、コントロールが弱いらしいな」
敵の背が大きくなったのではなく、構成するレンガを奪われ、ゴレムスのほうが小さくなったのだ。
すっかり大きなぬいぐるみ程度まで小さくされてしまったゴレムスをベータは軽々と摘み上げ、造作もなく放り投げた。
「ウィンちゃん!ゴレムスッ!ああ、クソッ!!どうしたら…!」
今度はウィンクルムのほうが、ゴレムスを受け止めてゴロゴロと転がっていく。
頼みのゴレムスが敗れ、そのレンガを取り戻すという課題まで追加されてミサークは更に頭を悩ませる。
ゴレムスから奪ったレンガを身の回りに漂わせつつ、再びゆっくりとベータはユクに向き直り歩き出す。
僅かとはいえ、ウィンクルムたちが稼いでくれた時間で息を整えたユクは、不完全なデッキの中から指先に『死神』のタロットを引き寄せかざす。
このままではゴレムスのレンガも巻き添えになる、しかしながらもはや放たれてしまった術式を、ミサークは見守るほかない。
「同じ手を…私を馬鹿にしていいのは、姉さまだけだ」
すっとベータが腕をかざせば、構成するレンガの一部が外れて、ユクのタロットの盾の如く壁を二重に形成する。
咄嗟の対応ではやはり、馴染みあるパーツを使った方が早いのだろう、そこにゴレムスのレンガは含まれてはいなかったがしかし、デッキが不完全で威力が弱まっていたとはいえ、無傷で爆風をぬって現れるベータの姿は、ミサーク達にとって絶望的な光景であることに変わりはない。
確かに一度見せた攻撃、しかし、この短時間、そしてパワーファイターと思しき様相から、対処は出来ないのではないかと淡い期待をしたが、やはりそうそう現実は甘くはなかった。
「潰す」
苛立ちを濃くしたベータは、左腕を解体し、更にはゴレムスのレンガも組み込んで、右腕をひときわ巨大に生成する。
ゆらりと浮かび上がる巨腕は、まるで鎌をもたげる死神のようであった。
続く