「ヒッサァ殿、義母様のこの状態に何か心当たりがあるんですかの?」
ただ呆然と術もなくアルファ達を見送った刹那、絹を裂くようなりゅーへーの悲鳴に振り返れば、地に倒れ伏したアキバの姿があった。
慌てて社務所に運び込み、布団に横たえるも、彼女は苦しそうにうなされるばかりで、一向に目覚める気配がない。
「あ、いや…敵の持っていたあの玉。恐らくは、ドワチャッカ大陸に遺る竜の伝承にあるチンターマニ、エルトナでは如意宝珠とも呼ばれるものではないかと…」
ヒッサァはカミハルムイのさる大名屋敷で見た掛け軸を思い起こす。
墨で描かれた竜、その3本の指には、しかと透明な珠が握られていた。
「キン…?」
黄金鶏神社が祀るは竜ではないため致し方無いといえば無いのだが、らぐっちょは聞き慣れぬ言葉にきょとんと首を傾げる。
「らぐっちょさん、場を和まそうというつもりでも、ぶちますよ?」
「ホントにそう聞こえただけですぞー!?」
流石は旅慣れたヒッサァ、古の現地語であろうと、完璧に流暢なイントネーションで発声してみせたが故の事故である。
一見変わらぬ仏の笑顔、しかしはっきりとそのこめかみに浮かんだ青筋と、ミキッと音をたて岩塊のように固められたヒッサァの握り拳にらぐっちょは頭頂の鶏共々縮み上がった。
「チン…おほん、あれが如意宝珠だとして、そも、如意宝珠とは竜の霊験が具現化した玉だと云われています。逆に枯渇、いわば空の状態の如意宝珠があれば、そこに霊験を貯めることが出来るのではないでしょうか」
なるほどそういうことであれば、マホカンタでも弾けぬアブソリュート霊の純粋なエネルギーを閉じ込めていることにも得心がいく。
「アキバ様はらぐっちょさんの身体、そしてアブソリュート霊を経由して、神気を吸われてしまったのでしょう」
「ワタシがアブソリュート霊なんぞ取り出したばっかりに…」
責任を感じ、らぐっちょはがっくしと肩を落とす。
「いえ…アキバ様をあの場に引きずり出されてしまった時点で、我々の負けだったのでしょう。らぐっちょさん一人のせいではありませんよ」
責任の一端ならば、ヒッサァにだってある。
「何から何まで仮定ではありますが…きっと、如意宝珠を奪うことが出来れば…」
そしてそう、まだ、チャンスは残されている。
「りゅーへー、安心するとよいですぞ!すーぐに義母様は元気になる。その為にちょっと、ヒッサァ殿と作戦を立てて参りますぞ!」
らぐっちょはヒッサァに目配せし、今もずっとアキバの手を握り涙を浮かべるりゅーへーの肩を優しく撫でると、部屋を出るのであった。
続く