それから一週間後。
ようやく準備が整い、今日はいよいよクリスマスツリーのお披露目の日、マージン夫妻の姿は港街にあった。
潮風の中にあっても暖かみのある街並みは、クリスマスマーケットの賑わいが良く似合う。
大地の箱舟の要衝にして、レンダーシアとの窓口にもなるレンドアには、伐採した中でもひときわ立派な一本を選んだ。
トップスターから金のリボンが螺旋に巻かれ、鈴にリンゴ、ステッキや靴下を象ったオーナメントが無数に雪化粧の中を踊り、根元には大小様々なプレゼントボックスが並ぶ。
背後に停泊するグランゼドーラ号に比べても見劣りしない立派なツリーの様子に、街行く人々も皆足をとめ仰ぎ見ては笑顔を咲かせる。
仕事結果の確認とは、ほんの建前。
クリスマスには少し早いが、これくらいのやや手加減された人混みの方が、デートにはちょうど良い。
「はいよ、ティードさん」
クリスマスマーケットといえば、グリューワインである。
店ごとに工夫を凝らしたスパイス配合、形や模様にこだわったマグカップ、思わず目移りする中からこれぞと選び抜いた一杯をマージンはティードに給する。
「ありがと、マーちゃん」
駅へと続く階段の前からツリーを見上げる視線を落とし、クリスマスの団らんの一幕が描かれたマグカップの中を覗けば、湯気の向こう、赤い水面に輪切りのオレンジが浮かぶ。
マグカップの絵柄に見惚れるのを許さぬとばかりに、続いて鼻をくすぐるは、スパイスの香り。
先手を切る鮮烈な黒胡椒にレモングラス、この雪も舞い散る寒空の中、身体を温める効果の高いクローブもありがたい。
そしてクリスマスなのだ、その名の通り、ツリーのてっぺんのようなスターアニスも欠かせないだろう。
他にもバニラビーンズ、到底追いきれない種々の個性豊かなスパイスたちが喧嘩せぬよう、シナモンがそっと手を繋いでいる。
「…それにしても綺麗ね…ほんと、いい仕事したわ」一口含み、存分に鼻へ抜ける香りを楽しんでからゆるりと胃の腑に流し込むと、ティードは再びツリーを見上げた。
「そうだな…」
思えばコブ(フツキ)付きとはいえ、ティードと組んでクエストに出たのも久々である。
「ほんとうに、綺麗だ…」
ついぽつりと口をついて出てしまった。
「えぇ、そうね」
ティードの目線が、ツリーに釘付けでよかった。
温めても抜けきらぬアルコールに赤く染まった頬を、ツリーの眩しくも穏やかな灯りが照らしている。
いつの間にかぽつりぽつりと降り出した粉雪が金色の髪に触れ水滴に変わり、街の光を受けてキラキラと瞬く。
見つめていたのは一瞬のことか、それとも数十秒だったか。
「…どうしたの?まさかもう酔った?」
いつの間にか、宝石のような瞳に自分の顔が映っていて、ようやくマージンははっとする。
「んっ!?あ、いや大丈夫大丈夫!」
「そう?頬真っ赤だけど…」
「大丈夫!さ、露店を見て回ろうぜ」
まだグリューワインに一口も手を付けていないことを誤魔化すように、ティードの手を引き前を歩く。
先の言葉が妻の横顔に対しての感嘆の声であったとは、どうやら気付かれずに済んだらしい。
流石に素面では恥ずかしい。
誤魔化すように、ぐいとグリューワインをたらふく口に含み、頬を上書きするマージンなのであった。
~Marry Christmas~