濃い緑の肌であっても分かるほどに血の気の失せたアルファは、震える手で赤い宝石をようやく拾い上げ、乱暴に研究資料を跳ね除けてテーブルの上に安置すると、家から飛び出し、一目散に走り出す。
アルファもまたガンマと同じく、運動能力は極めて低い。
出鱈目な走り方で、何度も何度も転がるように転倒を繰り返しながら、しかし慌てて後を追うベータにけして追いつかれることない疾さで走り続ける。
ガンマを助けるためには、新しい身体が必要だ。
マスタージェルミの為に用意したものは、ガンマとは適応しない。
一から造るにあたり、必要な素材なら分かっている。ほとんど全てが揃っているが、一つだけ、足りないものがある。
良質なタンパク質。
つまりは肉だ。
間に合わせの材料では姿形の理想を望むべくもない。姿が変わってしまったことをガンマは不服に思うかもしれないが、一時的なことだ。
また時間のある時にゆっくりと、元の姿に身体を作り直せばいい。
赤い宝石、ガンマのコアが機能を完全に停止してしまうまで、3日か、4日か。
とにかくそれまでに身体を用意できれば、間に合う。まだ、妹を、助ける事ができる。
「すみません!…すみません!!」
休みなく走り続け、ようやく近くの村に辿り着き、息も整えずにダンダンと手近な家の扉を叩く。
「ベータちゃんかい?…いや、その額…あんた…いったい………」
アルファは冷静を欠いていた。
どうして、アストルティアの民との接触をベータにのみ任せていたかを、忘れていた。
アルファの額には、魔法生物の証である赤い宝石が、堂々と顔を覗かせている。
そして何よりも、今の時勢ではいずれ厳しかろうが、それでも牛や羊ならいざ知らず、つい最近亡くなった家族は居ないか、その土葬した遺体を貰えないか、そのようなことを血相変えて聞いて回るなど、およそ常軌を逸していることに、アルファは全く気付いていない。
「…帰ってくれ!」
力いっぱいにドアで身体を叩かれ地に転がるのも、はや何度目か。
かくなる上は許可など要らぬ。
アルファは勝手に墓地へと侵入し、拾い上げた棒切れを頼りに土を掘り返す。
ベータがようやくアルファに追い付いたのは、この時だった。
「何をやってるんですか姉さま!それは駄目です!」墓石とそれに連なる墓の土には、人々の死者への弔いの祈りを頼りに、安らかに眠る死者の身体へ悪しきものを寄せ付けぬ護りの役割がある。
すでにアルファの手により乱雑に掘り起こされた墓穴、開け放たれた棺桶の蓋を支えにし、一体、また一体と、腐敗の進み、目玉を垂らした頭が、白骨と化した腕が、ゆらりと持ち上がる。
「…危ないッ!ウッ…」
自らの尺骨を取り外し棍棒の代わりとし、仲間に入れと言わんばかりに、墓荒らしに没頭するアルファの後頭部目掛けて振り下ろされる一撃をベータは身を盾にして受け止める。
出血も構わず倒れ込むようにタックルしがいこつを追い払うも、既にすっかりゾンビとがいこつ達に取り囲まれている。
未だ黙々と墓を掘るアルファに覆い被さり、せめて少しでも身代わりとならんとしたところ、紫の影が亜麻色の髪をたなびき割って入ると、ぐるりと剣が一閃された。
「…大丈夫?」
まほうのよろいに身を包み、はじゃのつるぎを振るって魔物を追い払った少女は、呆然とするベータに手を伸ばして、はたと気付く。
「あなたたちは………この時代にこんな精巧な…いや、それはともかく…」
アルファの額やベータの手の甲に光る赤い宝石を目に留め、少女は感嘆の声をあげたが、今は何よりも先に2人の手当てが必要だ。
ベータは勿論、アルファもまた泥に塗れ、傷だらけである。
少女とベータは半ば無理矢理引き剥がすようにしてアルファを連れ、少女の工房へと身を移した。
「…やっぱり、魔法生物には効きが悪いか…たしか薬草はこのあたりに…」
少女は予想の通り、アルファたちに回復呪文の効果が薄いとみて、昔ながらの治療に切り替える。
山肌を掘って作られた小さな工房の中で、アルファとベータはしばし暖炉の火に身体を暖めるのであった。 続く