「………怪しげな民間療法で笑いを取ろうと思ったら、思いのほか重症でどうしようってツラだな」
まぶたが腫れているせいで、家主はなげきムーンを貼り付けたような顔面で来客を睨みつける。
如何に高熱にうなされていようと、急な来訪者がマラカスのように構えていた2本の葱を慌てて後ろ手に隠す様を見逃すじにーではなかった。
「そそそそそんなまっ、まっさかぁ」
「背中の羽根が動揺で震えてんぞ、ゲホッ、ゲホァ…うっ、クラッときた…」
出迎えも早々に、這うように布団へ戻るじにー、いなりはそっとその肩を抱き介助する。
「来てよかった。そんななりじゃ、ろくに栄養も取れてないでしょ。食欲はある?」
「…ん~…食えなくは、ないかな…」
葱をどうしようとしていたかはさておき、勝手知ったる山奥の古民家、いなりはあさぎ色のエプロンを取り出し炊事場に立つ。
そも、本日の訪問はリーネの代理なのだ。
この時期、リーネのアクセサリー屋は1年で最も盛況なタイミングを迎えており、如何にじにーの一大事とて、遺憾ながら店を離れる事が出来ない。
しかしリーネの心配と動揺ぶりを裏付けるように、本人が受け取り対応が出来ない可能性を考慮してか、いなりのもとへとバシルーラ便にて名状しがたい見舞いの品が大量に届いた。
恐らくは漢方の類なのだろうが、見たこともない植物の根のようなものや、干からびた赤黒い肉片、幾何学的形状をした何かしらの角等々、すりおろして飲ませれば良いのか、はたまた香とでもするのかさっぱり分からない。
山と積まれたそれらを古民家に持ち込んだら逆にじにーの体調が悪化しそうなので、すべからくいなり家に置き去りとなっている。
そしてそれらと共に、じにーへの駆けつけられないことに対する詫びやら何やらと、代わりにいなりに看病に向かってくれるよう嘆願がみっちり書き込まれた怪文書すれすれの手紙を受け取ってしまっては、動かざるをえなかったのである。
まあ、それがなくともこの気のおけない友人の見舞いには、馳せ参じていたであろうが。
「この米は…」
「ああ、かろうじて昨晩炊いたやつ」
「じゃ大丈夫だね」
念の為、色と香りも確認し、問題ないとみてから、喉滑りを良くするため水にさらして米の粘りを取る。
あらかじめ戻しておいた短めの短冊にカットした昆布と、一つまみの鰹節を共に鍋でひと煮立ち。
天井から下がる自在鉤で囲炉裏との距離を調整しとろ火に変えたら米を戻し、ふつふつと優しく煮込む間、続いてまな板にのせるは勿論葱である。
玄関先での冗談はさておき、葱に含まれるアリシンという辛み成分には殺菌作用があり、他にも発汗作用や身体全体を温める効果など、その名もズバリ葱白と呼ばれる葱の白い部分は東方にて薬として扱われたこともある程なのだ。
さて先ずは一工夫、効用を最大限に発揮すべく、長めの筒切りにした葱の肉厚な根元部分を鉄串の先に刺し、火で炙って焼き目をつける。
けして焦がさずきつね色にとどめたそれを粗微塵に刻み、喉への負担がかからぬよう、小指のさき程の量の生姜をすりおろして、まとめて鍋に投入しよく馴染ませる。
本人は強がってはいるが昨晩炊いたというこの米の減り具合、さして食事量は望めまい。
少しでも栄養が取れるよう、加えて更に喉越しが良くなるように、火から降ろした鍋に溶き卵を回しかけ、種を取り除いた梅干しを添えたら、葱雑炊の完成である。
「はい、お待たせ」
いなりに給されるよりもややフライング気味に、棺桶から起き上がるゾンビの如くじにーは上体を起こした。
「うぁー、これ絶対良い香りしてるっしょ」
鼻が詰まり、存分に堪能出来ぬのが悔やまれる。
「レシピって程のもんでもないから、元気になったら自分で作りなよ」
「誰かに作ってもらうんがプライズレスなんよ」
じゃあ次の機会があったらリーネさんに、と言いかけて、その場合、あの有象無象の謎食材が投入されるのだろうなと思い至る。
このまま何も知らずその時を迎える方が面白…いや、2人のためだろう。
「ほら、冷めちゃうから早く、御椀持って」
「あ~…ん」
「………なんて可愛げのない雛鳥だ」
一向に粥を受け取らず、代わりにあんぐりと大きく開いた口。
平素であれば、粥の熱を存分に染み込ませたさじの腹を舌に押し当ててやるところだが、まあ、たまの機会だ。
「熱ッ…アァっつ…っ!冷まして!!ちゃんとふ~ふ~して!」
「…注文が多い」
この後、じにーが驚異的な回復を遂げ、いなりもじにーから風邪をもらうことなく平穏に年末を迎えられたのは葱のおかげか、いなりの献身的な看病のおかげか、はたまた、リーネの思いやりがもたらした奇跡か。それは冬の木枯らしだけが知っている。
~お大事に~