「…くっ…随分気持ちいいのをいただいてしまいましたね」
先に立ち上がったはヒッサァの方だ。
蹌踉めきながらも片鼻を親指で抑え、ビッと鼻息を通して勢いよく鼻血を吹き捨てる。
「なるほど、天才だ。この短時間で、相手が最も苦手とするであろう戦術を取り入れた改造を施してくるとは。しかし…」
ヒッサァは満身創痍でありながらも、立ち上がったサージタウス・グラディアートル、ひいてはその向こう側のアルファに向かい、不敵に微笑む。
「堅いですよね、発想が。スライムくらい柔軟な思考…それこそが、真の天才だと思います」
ヒッサァの脳裏に浮かぶは、鶏の剥製を頂いた鳥頭。頭を開けばその脳は、柔らかいを通り越してきっと液体になっているに違いない。
果たして、創造主を貶したことが伝わったのだろうか。
2、3度前脚の蹄で砂利を掻くと、サージタウス・グラディアートルは一息に猛然とヒッサァへ向かい駆ける。
ヒッサァは悠然とくるり槍の穂先を反転して地に突き立て、得物を手放した。
両者の距離が零になる刹那、ドォン、と爆撃のような音が響く。
耳にした誰もが、それが正拳の着弾音だとは夢にも思わないだろう。
カウンターを、ひいては格闘攻撃を得意とするのは、サージタウス・グラディアートルだけではない。
「相手が槍以外も修めていることを想定しなかった。それが敗因です」
ヒッサァの遥か後方にまで駆け抜けたサージタウス・グラディアートル。
土煙が収まってあらわになったその身体からは、右腕が消失していた。
その右腕は何処へ行ったかといえば、突き出されたヒッサァの拳に真っ直ぐぶつかって、肩から引き千切れ取り残されている。
止まった時が動き出すように、ややあってからようやくドチャリとサージタウス・グラディアートルの右腕が力なく地に落ちた。
その音を合図に再び向かい合い、サージタウス・グラディアートルは残る拳を振り上げたが、それが振るわれることはない。
「遅い!!」
一足早く、地から生えているかのように安定した軸足からの7発におまけの1発、槍で重ね突いた4箇所を正確に2発ずつ踵で強かに蹴り穿つ。
さしもの金剛石もビキビキと悲鳴を上げ、表面には亀裂が走っていく。
「おしまいです!」
蹴り足を地に沈め、深く深く腰を落とす。
輝く奔流となって目に見えるほどの闘気をみなぎらせ、カッと瞳を見開いたヒッサァは、敵の装甲に入った亀裂の中心点に、瞬きの間に4発の正拳を叩き込む。
「自慢の装甲も、私の拳を相手するには少々硬さが足りなかったようですね。なにせ、毎日オグリドホーンで鍛えていますから」
胸と背中が張り付くほど、胴を深々と陥没させられ、サージタウス・グラディアートルの単眼は、一際大きく赤々と輝いたのち、ぶつっと闇に沈む。
「ふぅっ…!」
きっと、らぐっちょのもとにも刺客が放たれているに違いない。
しかし、心配する必要は無いだろう。
彼ほどに、奇々怪々で先の読めない化け物は、他にはいないのだから。
玉砂利の上、大の字に寝転んで、ヒッサァは腹を繰り返し風船のようにふくらませて、ようよう息を整えるのであった。
続く