見上げれば空には、絵に描いたような橙。
「「ふん…ッ!ぎぎぎぎぎぎ…く…おおオっ…!!」」
今まさに、導かれし勇者の手により古から伝わる聖剣が引き抜かれ、伝説が始まる…
などという宣伝文句でも付きそうな顔面で気合いを込め、じにーとユクが一心に引いているのは、なんのことはない地引網である。
ゴールドが降って湧くならば働くなどまっぴらごめんだが、郷に入っては郷に従え、働かざる者食うべからずなどとあるように、大人しくタダメシにありついていられる二人でもない。
じにーはルシナ村滞在三日目、ユクは二日目にして、村人に交じり、漁を手伝わせてもらっている。
「ヨォー、セイ!セイ!!セイ!!!コラお前ェらぁ…!モデルの嬢ちゃんと占い師の嬢ちゃんのほうが、よっぽど腰入ってんじゃあねぇかァ!いくら相手が冒険者だからってなぁ、お前らの土俵で負けたら承知しねぇぞォ!気合い入れろ気合いィ…!!ヨォーヨー、セイ!セイ!セーイ!!」
眼帯のよく似合う老獪が、煙管をゆわえながら音頭と檄を飛ばす。
平素はルシナ村の村長としての責務もある、漁は若い衆に任せているオルカンなれど、彼もまた、客人に働かせて高みの見物ができる神経は持ち合わせていない。
「オゥ!助かったぜ嬢ちゃんがた!」
「…いやいや、足引っ張ったばかりで…」
「んなこたぁねぇサ!なぁ!?」
オルカンが呼びかければ、あちらこちら、共に網を引いた漁師たちからすくみ上がりそうなボリュームで称賛の声が上がる。
「はい、二人ともお疲れ様」
「きゅ~」
砂浜に倒れるように座り込み、すっかり肩で息をする二人に、あげはは水の入った革袋を、モモはくちばしにくわえたタオルをそれぞれに差し出した。
「さんきゅ…」
「…ありがとぉ」
さっと汗を拭いて、ざばっと水を頭から被るころに、ようやくじにーとユクは人心地がついた。
「…ど?ロケハンは順調?」
漁の手伝いにこそ加わっていないが、あげはもまた、油を売っていたわけではない。
じにー達の目的は、リリィアンヌブランドの新作に相応しい景観を探すこと。
その為にあげはは今日も今日とて、とうに棒と化した足にムチを打っている。
「う~ん…そうねぇ………あれが、どうにも…」
あげはの不安そうな視線の先。
ルシナ村の浜辺からまっすぐ遥かな海を見やればその洋上に、ぽっかりと巨大な島が浮かんでいた。
あれだけ主張が激しいと、どのような角度から撮ろうと写り込んでしまうだろう。
「…夢幻郷…今日もはっきり見えてるねぇ…」
アストルティアにまことしやかに伝わる七不思議の一つ。
本来であれば、ルシナ村の海岸から見えるはずのないそれが現れて、既に一週間が経つという。
「ユクさんは、アレを調べに来たんだったっけ」
ユクの抱える新進気鋭ブランド、オガデスが現在、リリィアンヌの資金的バックアップを受けているのみならず、年末年始の集いなど、公私においてじにーやあげはと関わりがある。
しかしこの度のルシナ村での鉢合わせは全くの偶然であり、互いに喜ばしい限りであった。
「そうそう!まぁ、まだ渡り方も分かんないし、そもそもあれ、ホントに上陸できるのかな?このまま消えてくれるんだったら、肩の荷降りるんだけど…」
夢幻郷は蜃気楼の産物である、というのがもっぱらの定説である。
しかしながら、今この視界にうつる夢幻郷は、一切の揺らぎもなく、確かな実体を持っているように見受けられた。
さしあたってユクはルシナ村の家々を巡り、先祖代々からの言い伝えや書物を漁ってはいるが、これまで目立った収穫はない。
「こちらとしても、さっさと消えて欲しいなぁ…」
夢幻郷がある限り、じにーとあげはの仕事もままならない。
あんまり長引いては、帰ったとき、またリーネに嫌味を言われるだろうなと思い至り、じにーはこめかみを叩いた。
「………ここだけの話だけどさ。あれ、たぶん厄ネタ、なんだよね?」
そうして夢幻郷をぼうっと見つめてから、少し離れた波打ち際で遊ぶモモと付き添うあげはには聞こえぬよう、そっとじにーはユクに尋ねる。
「うん…」
ユクの持ち合わせる異能、先行きを色で指し示すインパスの才によれば、まぁ、この夢幻郷は言わずもがな、真っ赤っ赤である。
不意に遠くから、オルカンの呼ぶ声がする。
どうやら漁れたての魚で、もてなしてくれるらしい。「そっかぁ…そりゃまあ、そうだわな~」
立ち上がり、ぐ~~~っと大きく伸びを一つ。
ピンクパールの手持ちは正直心許無いが、一朝事あらば、やるしかあるまい。
「お~~~い、お二人さん!メシだよメシ~っ!!」何かが起こる予感を間近に感じながら、さしあたり手伝いですっかりへこんだ腹を膨らますべく、あげはとモモに声をかけるじにーなのであった。
続く