「知っていたかいユシュカ!?アストルティアには、鬼に向かって豆を投げる祭りがあるらしい!」
ファラザードの玉座の間は、広く来客に開かれている。
来訪者が友好国ゼクレスの魔王とあらば尚更、衛兵には止める理由も力もない。
「…ん…?あぁ、節分とかいうやつだろ…」
紅いビロードのラグが敷かれた玉座に寝そべっていたユシュカはあくびを一つ、その後にこめかみを指先でトントンと叩いて眠気を押しやる。
かつての師レディウルフが、コスト面の問題で、宝石の代わりに豆で何とかならんもんかとぼやいたところから、何故豆?と聞き返し、異世界の風習についてレクチャーを受けた。
『豆』、『まめ』、『魔目』…
諸説あるが、語呂合わせで邪なる者の目に投げつけて滅する『魔滅』に通じるとして、この節目に鬼に豆をぶつけることで邪気を追い払い、一年の無病息災を願うという意味合いがあるという。
そして、節分に欠かせないものが、もう一つある。
「せっかくの機会だ、豆をまくつもりは無かったが、こういうものの用意はしていた」
ユシュカがパチンと指を鳴らせば、銀のトレーに載せられた巻物の束が従者の手により運ばれてきた。
「これは…まさか!」
近付けばその正体は巻物などではなく、アストルティアはエルトナに伝わる寿司という食文化のひとつであるとわかる。
「ジルガモットに色々と手配させてな。ちょうど、声をかけようと思っていた所だったんだ」
「おお!するとやはりこれが本物のエホー巻きなんだね!!」
恵方、その方角を向いて行えば、万事うまくいきやすいという方角に向かい、この海苔巻きを一本、黙々と食べ切ることで福運を招くという。
七福神にあやかって七種の具材を巻いたスタンダードなものから、甘辛く焼いた肉とやや半熟な茹で卵を潰して合わせ巻いたもの、海鮮を詰め合わせたもの、果てはプクランドの由来か、寿司ですらなくジャムを巻いたロールケーキまで。
ひとしきり、色とりどり種々様々な恵方巻きを眺め回してから、アスバルは小首をかしげる。
「…オグリドホーンが巻かれていないようだけど?」「喰えないだろ!何処で仕入れたガセネタだ、そりゃあ」
地域の名産といえばそうなのだろうが、そんな珍妙な代物を巻いて食い物で遊ぶ悪癖は存在しない。
「せっかくだから食べていけよ。あと………どうでもいいが、それ」
部屋に入って来た時から気になっていたが、ニッコニコに微笑むアスバルの小脇には杖の代わりに枡が抱えられ、ギッシリと豆が詰まっていた。
「ん?」
「絶対俺に向けて投げるなよ?」
お誂え向きに、我ら魔族の頭には鬼よろしく2本の角がある。
アストルティアにはそも同じく角を持つオーガという種族も在るが、かつて魔界より侵略した魔族が鬼のモデルとなったとしても何ら疑問はない。
そして、それがアストルティアでポピュラーな風習であろうと、ここは魔界、そして幼少のみぎりならいざ知らず、今や互いに重い立場のある身である。
魔王が玉座の間にて豆をぶつけ合ったなどと知れ渡れば、それこそ周りが騒ぎ立て、魔界大戦時代に逆戻りだ。
「残念だなぁ…」
…どうやら本気で、投げるつもりであったらしい。
「あ!そういえば、我らが大魔王にも角があったね!」
「もっといかんに決まってるだろ!!はぁ………肝が冷える、まったく…」
無邪気に唇をとがらせるアスバルの様子に、軽く目眩を覚えるユシュカなのであった。
続く