後日、バルディスタ城の地下深く。
『ゲェッ!?魔王アスバル様…!!?』
「…おい。話は通したんじゃなかったのか?ちゃんと説明したんだろうな?」
普段は飄々として智謀に富んだポーカーフェイスが歪んだのを観覧席から確認し、ユシュカは呆れ顔でもう一人の魔王を見やる。
「ああ、無論だ。ちゃんと伝えたとも。此度の訓練、特別ゲストから一撃も受けず時間いっぱい逃げ果せれば、酒場のツケを無しにしてやる…とな」
人目につかずアスバルがアストルティアの文化を体験できる場所はないかと、提案を持ちかけた時に彼女が浮かべた悪戯な笑みをユシュカは今更に思い出す。
「最近、奴はどうにもたるんでいてな。良い薬だ。なんなら、貴様も混ざってくるか?」
「…遠慮しておく」
言葉は無視されていると悟り、それでも身振り手振りで『ダメ、絶対』『今すぐ中止して』と雄弁に訴えかけるベルトロの姿はなんとも胸が痛むが、かといって代わりに人身御供となる優しさはユシュカにはない。
『じゃあ始めようか。鬼は~外~!』
『うおおお…っ!?』
楽しそうな笑い声と、かたや、息も絶え絶え、悲鳴にも近いボヤキがこだまする。
「………つくづく、不思議なものだ」
「ん?」
「大魔王殿が現れなければ、我らの間には今でも豆でなく砲弾と剣戟が交わされていたであろう」
勇者の盟友ユルールが魔界を訪れて、大魔王の座へと至ったまでの時間は、永く続いた魔界の騒乱の歴史からすれば瞬きにも等しい一瞬の出来事だ。
巡り合わせの妙はあれど、これほどの短期間にこうも世界は変わるものかと、今でも驚きを禁じ得ない。
「ふん、そうなれば今頃、我がファラザードが魔界とアストルティアを平定し穏やかであったろうさ」
「ぬかせ。しかし、大魔王殿も所詮はアストルティアの民。その先の魔界の覇権はどうなるか…」
交わす言葉にはわずかな覇気がこもる。
互いに、この平穏に牙まで抜かれたわけではないのだ。
だがそれも、一瞬でなりを潜める。
「その点、キサマらと違い、私には大きなアドバンテージがある。いずれ、勇者や鎌を持つ胡乱な僧侶を筆頭に、強敵ひしめく困難な道ではあるが」
「………お前の冗談は、まったく笑えん」
「くく、私とて世襲というシステムを手放しでよしとは思わん。あくまで一つの、可能性という話だ」
血風を呼ぶ戦鬼、死を運ぶ氷の魔女などと称された魔王が、戯れにも斯様な話を口にする。
こんな日が訪れるくらいなのだから、この先何が起ころうとも、もはや驚きはしないだろうとユシュカは薄く微笑んだ。
と、不意に鳴り響いた残り時間がわずかであることを告げる鐘の音に、2人は無為なたられば話を切り上げ、スタジアムへと意識を戻す。
『…レイジバルス…ッ!?それは反則ってやつでしょお~!!?』
早くも、前言撤回だ。
よもや、激昂の巨人が豆を投げる日が来ようとは。
やはり、アスバルの豆まきの相手を引き受けなくてよかった。
眼下に広がる穏やかな地獄絵図に自分が加わっていないことを心底安堵するユシュカなのであった。
完