「………もしも~し?お2人さん?」
思わぬ再会に話の花が咲く一方で、握手を交わすなりぴたりとも動かなくなってしまった店主とマユラを前にテルルは困惑していた。
テルルは知る由もないが、『アムールデュサントハイム』の店主アリーナは『おてんば姫』の異名を持ち、さる武術大会にて優勝をおさめるほどの剛の者。
一流の武闘家同士が出会ってしまえば、そこが何処であれ、あとは推して知るべしである。
2人を分かつテーブル、ばんと片手をつき飛び越えざまの鋭いハイキックを、マユラは左の腕で受け止めようとしたが、驚くべきことにマユラをもってしても勢いを殺しきれず振り抜かれた。
「随分足癖の悪いお姫様なのだわ!」
しかし続く一手の利があるのは、左腕を犠牲に、予め半身を退いていたマユラの方である。
アリーナが着地する前に、間合いを詰める踏み込みに乗せて右拳を刺し貫くように鋭く繰り出す。
アリーナは着地直後の無理な姿勢から、背を大きく反らして難なく回避し、後ろのカールした亜麻色の髪がわずかにマユラの拳の先に触れるに留まる。
当てるつもりであったが、そこはすんなりいってもつまらぬというもの、マユラは容易くかわされたことにこそ薄く笑みを浮かべる。
さぁ、次の一手はどう来るか。
互いに舌舐めずりしたくなるような心持ちながら、割って入った声が2人を引き戻す。
「ちょっとマユ!?もしも~し!!!」
「ひゃっ、ああ、ごめんごめ~ん」
「………っ、耳がキンキンするのだわ」
歌姫の肺活量に呼び戻されては敵わない。
今までのマユラとアリーナのやりとりは握手から互いの強さを測っての空想の中での闘い、実際の2人は手を握りあったままずっと静止していたのだ。
マユラとアリーナは、空想ではなくちゃんといつ日か決着をつけることを誓いあい、店主と客、この場における正しい間柄におさまるのであった。
そんな紆余曲折はさておき、肝心のボンボンショコラのほうも、居並ぶ有名店に負けず劣らぬ行列が出来ていただけのことはある。
プラリネをチョコレートで丸くコーティングし、ちょんと角をつけてスライムに見立てたアリーナの作、枡形のチョコにガナッシュを詰め蓋をし、目と舌を描いてミミックを模したマーニャの作、各産地のカカオの配合比率にこだわり、ベストと感じたブレンドをゴーレムの頭の形に固めたミネアの作。
計3点を詰めた、さながら宝石箱である。
「どれからいこうかなぁ」
「あ~、決められな~い」
「なんとも悩ましいのだわ…」
そんな幸せな悲鳴もまた、ユク達のテーブルのみならず、次から次に、そこかしこから聴こえてくるのであった。
一方その頃、おしゃれストリートの片隅には、何やらレトロなスイッチがそこかしこに取り付けられた機械をいそいそと片付ける、遥かきんこ星からの来訪者の姿があった。
「とんだむだあしだ ◯◯◯◯◯◯(アストルティアの民には聴き取れない発音)を くばるつどいでは なかったとは」
名状し難い何かを木箱にみっちりと詰め込んで、ようよう帰り支度の整ったずっきんこへ、不意に声がかかる。
「…おお!!これぞボクを極彩色の旅路へと導く芸術だ!」
「げいじゅつ?いいえこれは◯◯◯◯◯◯◯◯◯です」
「明らかな機械生産でありながら奇々怪々、どれ1つとして同じ形がないとは!さらには虹を踏み潰したようなこのカラーリング!!吸い続けると混沌の宇宙が目に焼き付くようなスメルもグッド!!!」
「うん???」
関わった相手から摩訶不思議という感想を欲しいままにするずっきんこをして戸惑わせる、これがアストルティアの芸術家という生き物である。
「まさしくルネッサンス!!!」
「いいえこれは◯◯◯◯です」
「全て買い取らせていただこう!」
ずっきんこの言葉を聞いているのかいないのか。
稀代の芸術家ルネデリコは、ずっきんこの掌にねじ込むようにぎゅむっとゴールドの詰まった革袋を握らせ、木箱を奪い取ると颯爽と駆け出し、メギストリス領の草原に浮かぶ不思議な額縁、幻想画の中へと消え去るのであった。
後日、アストルティアの民にはまだ早過ぎるモノを回収するべく、そっきんこ達は道化師のような服に身を包む細く鋭いカイゼル髭の人物を探し回る羽目になったのは、言うまでもない。
~完~