「………アンタってば、そういう奴でしたよね」
性分に加え師ヒッサァに倣い、滅多なことでは相手が悪人であれ礼儀を失せぬハクトであるが、目の前の相手を見るや、高みの見物を決め込むケルビンの方を睨みつけた。
「ほれ、時間が勿体ないぞ」
しかし恨み節など何処吹く風、相変わらずの焦点が定まらぬ瞳でケルビンは促す。
不眠不休の突貫工作にて、ハクギンブレイブの為のナイアルウェポンは完成した。
理論も、性能も、ハクトが今持ちえる全てをそこに詰め込んだ、まさしく最高傑作。
しかしながら、それは実際に試すまでは机上の空論、何も誇れるものではないと、ハクト自身が一番良く理解している。
とはいえ本人は不在、かくなるうえはと、自身のナイアルウェポンをも同一の機構に改造するに至る。
基本の形態として選んだのは槍。
モードレオナルドなるハクギンブレイブの拡張機能にも名を残すレオナルドの得意とした武器だ。
史実によれば、『真の太陽の戦士団』においては弓兵と伝わるレオナルドであるが、その真に得手とするは槍であり、入団の折には竹槍ひとつを背負ってやってきたという。
流石に竹槍というのは脚色であろうが、現にモードレオナルドを発現して以降、ハクギンブレイブはもっぱら槍を振るっている。
また、プロトケラウノスは予備が基地内に掃いて捨てるほど転がっていて、ベースとするには実に最適だった。
そうして今に至り、いざ試運転となれば相手が必要だろうと協力を申し出てきたケルビンを疑わなかったのは失策だった。
出来ることなら過去に戻ってビンタしてやりたいと、ハクトは己を呪う。
ケルビンが新生ナイアルウェポンの初陣相手として用意した自動人形、その姿は、黒く染まった竜鱗のベストに、腰からなびく濃紺のハーフマント、両手足は刺々しい装甲に覆われ、つまりは魔装展開したフタバに瓜二つであったのだ。
そのくせ、頭だけはスライダークを模したメットではなく、そこらのガラクタから取って付けたような円筒状のブリキ頭なのがなお腹立たしい。
ハクトの心の準備など整わぬ間に、ビコ~~~ンと間の抜けた電子音とともに真ん丸な2つの瞳がカッと点灯し、さっそくハクトを獲物と見定めたフタバもどきは直立不動を崩す。
竜の頭を模した金色の爪を装着した両腕を翼のように広げ、前のめりに今にも倒れ込みそうな低姿勢で駆け出すと、あっという間に両者の距離が詰まる。
「………ッ!」
獲物に飛びかかるキラーパンサーのような全身での跳躍から突き出された右の爪をハクトは蹌踉めきながらも何とか回避した。
「…ちっ」
爪の先端がハクトのブレイブジュニアスーツのメットをわずかに掠め、火花が散るとともにケルビンの舌打ちが響く。
「渾身の舌打ちしやがった!」
スーツの集音機能の助けもあるとはいえ、彼我の距離を考えるに、なんという大ボリュームの舌打ちなのか。
悪態混じりにも、手にしたナイアルウェポンの穂先を後ろ手に地に突き立て、背後からの攻撃の備えとしたのはほとんど無意識。
経験値からくる一手は見事功を奏し、手が痺れる程の衝撃がナイアルウェポンの柄を打つ。
頭を狙った致命の一撃とともにハクトの背後に飛び抜けていたフタバもどきは、着地もそこそこに後ろ回し蹴りでハクトの背骨を折らんとしていたのだ。
つま先にずらりと並ぶ凶暴な爪の恩恵で両手剣の斬撃にも等しい強烈な一撃、受けはしたものの、スーツの重量を重ねてもハクトの身体は浮き上がり、大きく弾かれる。
それでもナイアルウェポンを手放さなかった自分に内心称賛を送りつつ、宙にて反転、未だ足がつかないままながらも、ナイアルウェポンをくるりと回し石突を地に突き立て、あの言葉を叫ぶ。
「…『鎧化』!!!」
その瞬間、ブラッドスピアーに似た巨大な真紅の穂が閃光を伴い四散し、ハクトに追いすがってきていたフタバもどきを怯ませる。
飛び散った破片はブーメランのように弧を描いて再びハクトの元へと集まり、増加装甲としてスーツの随所に合体していった。
以前のミラーアーマーを参考にした形態から大きく様変わりし、その肩には小さな翼の意匠を刻み、太ももから脛にかけては鋭利な鱗状の装甲材が連なる。
ようやく閃光がおさまった時、アマルガム合金の紅をまとった新たなブレイブジュニアの姿がそこにはあった。
外殻を取り除き、プロトケラウノスの姿を晒した槍を、手に馴染ませるとともに牽制も兼ねてぐるりとふるい、構えを整える。
威風堂々としたその動きに、ヒッサァの影が重なった。
それは単に槍が軽くなったことや鎧化により膂力が増強されたことのみならず、ハクトが日々、たゆまぬ努力を重ねた結果である。
「さぁ、来いっ!」
ここからが、本番だ。
続く