「なんと、これはまた見事な槍だ…様式は………キクチ槍にあたりますかね」
風の町アズラン、その領主タケトラの屋敷にて、ヒッサァは写真におさめられた1条の槍を見て目を輝かせた。
領主タケトラとはかつて、タケトラの娘フウラの風送りの儀にヒッサァもまた微力ながら協力した折からの縁である。
キクチ槍とは、片刃の短刀を穂に据えた槍のことで、遥か古の考案者の名から付けられたと云われている。
なるほど、穂の形は稲妻のように歪なれど、太刀の切先に似た片刃で反りのある穂先にキクチ槍の特徴が顕著にあらわれている。
長い柄は樫を漆で塗りかためた上から華美な黄色の塗装、加えて口金から蕪巻にかけてと、切先を染める朱色が一際目を引く。
過度に目立つ色合いでありながら、美術的装飾は最小限、これは戦場において敵の的となる為のあしらいだ。
「察するに戦乱の時代の代物…よくぞここまで綺麗な形で遺っているものです」
キクチ槍はもとを辿れば、リーチある武器を大量に用意する必要にかられ、短刀と棒切れを組み合わせるという急場凌ぎで生まれたもので、扱いも正式な槍に比べ癖があり、極めるとなれば容易でない。
然るにこれほどに凝ったつくりのキクチ槍は珍しい。よほど名だたる剛の者が振るっていたに違いないだろう。
そして何よりも穂先に刻まれた傷の数々が、雄弁に槍の生い立ちを物語る。
この槍の使い手の役目は、まさしく戦場における一番槍だったのだろう。
「流石、写真からそこまで見抜かれるとは」
タケトラはヒッサァを選んだ己の目に狂いはなかったと何度も慇懃に頷く。
「………して、この槍が何か?」
「うむ…まことに遺憾ながら、その槍が我が屋敷の宝物庫から忽然と消えたのだ」
『盗まれた』ではなく、『消えた』という言葉。
思い上がりかもしれないが、かたや領主とはいえ、タケトラと自分との間に、取り繕う必要があるとは思えない。
「詳しく話を伺えますか?」
槍の姿は脳に刻んだ、写真をタケトラに返却すると、あらためて居住まいを正し、些細を尋ねるヒッサァなのであった。
「………………………………………でしょおっっッ!!!」
カミハルムイの広く長い往来の彼方から、馴染みある声が聞こえた気がする。
「うん、やはりカミハルムイは活気があるなぁ」
依頼を受けたヒッサァはアズランを出るなり馬を飛ばし、何とか日の暮れるギリギリにカミハルムイへと辿り着いた。
夕食に適した時間はとうに過ぎているからか、すれ違う人々は皆足早だ。
(む?…いつもより…兵の姿が多い…?)
巡回の兵にすれ違う頻度も違えば、要所要所に立つ兵もいつもならば一人のところが二人に増員されている。
依頼と関係はなかろうが、一応気に留めてヒッサァは目的の武器屋の方へ舵をきる。
遠く後方から、喧騒と酒の香りが漂う。
武器屋とちょうど対岸に位置するカミハルムイの酒場は、じゃこてんが美味いのだ。
ふくよかな甘みの芋焼酎との相性が抜群で、どうせ今既にこの時間では今宵はカミハルムイに宿をとらねばならぬ、用事を済ませたら立ち寄ろうと心に決めた。
「…夜分に失礼します」
細く長く短冊に切った山芋とかまぼこに酢をかけた、その名もそのまま山芋かまぼこそうめんも外せないなどと考えている間に日は暮れて、武器屋の敷居をまたぐ頃、辺りはすっかり暗くなっていた。
「アズランの領主、タケトラ様の使いで参りました。証文はこちらに」
「…確かに。ちょうど今、仕上がった所だ。ちょっくら待っててくれよ」
それは、武器屋の主人ズイが奥へと消え、手持ち無沙汰に店内を見回している折だった。
不意に背筋に走った悪寒に振り返れば、つい開け放ったままであった武器屋の引き戸を挟んで向こう、すっかり人通りが途絶えた往来に、ポツリと一人、朱い鎧に身を包んだ女が立っている。
「………ここに在る。ようやく見つけたぞ、我が半身」
深くより響く身の毛がよだつような声よりも何よりも、ヒッサァの目は彼女の背負う槍に釘付けになる。
「その、槍は!?」
ゆっくりとした動作で右手に握り直された黄色い柄に、暗闇の中でも映える朱。
まさにヒッサァの探し求める一条の槍が、そこにあった。
続く