「退け。我は一刻も早く王のもとに向かわねばならん」
槍使いが歩み寄るより先んじて、外に出て出来る限り武器屋と距離を取り立ち塞がったヒッサァに、冷たい声がかかる。
「…こちらも仕事でして。その槍、大人しく返却していただけませんでしょうか?」
ヒッサァの言葉に、ピクリと右の眉が吊り上がった。
「………くっ、くくく…ふふ…」
僅かな沈黙をどうにも堪えきれない嗤い声で突き破ると、手にした槍をぐるんぐるんと風車の如く回し始める。
交渉決裂は明らか、ヒッサァもまた槍をとらんと背中に手を回す。
「はははははははははははは…っ!盗人猛々しいとはまさにこのこと!!」
けたたましい笑い声とともに駆け出す頃には、さらに回転の勢いを増した槍は大円の盾にしか見えぬほど。ヒッサァへと至る道すがら右へ左へ揺り動かし、起点のフェイントを交えた果てに、渾身の一突きを繰り出す。
助走、跳躍、腰の回転、ここまではお手本のような流れる動作でありながら、その右手は柄の中程よりもだいぶ上、蕪巻のギリギリを握る。
それ自体は至極当たり前だ。
しかし、左手が浮いている。
槍の突きの基本、直突きは両手で支えて繰り出すものであるし、片手で突くならば後手、すなわち端の方を持ち、投げ込むように突くのが筋だ。
不自然な握り位置の謎が明かされる時には、その切先は瞬時にしてヒッサァに肉薄していた。
槍使いはヒッサァの間近に至ってから、己の脇下を抜うように下手から槍を投擲したのだ。
更にはその投げ放ったばかりの槍が敵とのインパクトの刹那、柄の下端ぎりぎりをしかと掴みとり、衝突の反動を受けて槍が跳ねるのを許さない。
そうして、突き技では成し得ない神速を伴い、投擲には無い重さをはらんだ矛盾する一突きを成立させたのだ。
銛突きの要領と言うは易しだが、そうした機構を持つ管槍でも無い重量ある長槍を、しかも片手で、である。
結果、ヒッサァの巨体は軽々と吹っ飛び、武器屋の壁に背中から衝突して、砲弾の直撃の如く轟音と砂煙が舞い上がる。
からくも頑丈な太刀打ちの部分で受け止められたのはまったくの偶然、いや、槍に宿る祖先の霊に助けられたといったところか。
目では追えても腕の動きは到底追い付くものではなかったが、ふわりと浮くような感覚があり、まるで吸い込まれるように槍が動いていた。
「…祖霊よ、感謝します」
槍は刺突を受け止めた衝撃で未だ音叉の如く震えている。
次はない。
もう一度、今のような一撃を受ければ、槍のほうが保たない。
ヒッサァの持つ不死鳥の槍は、オルセコ部族に代々伝わる、オルセコ王を模した槍。
『王の御霊は我らと共に、受け継ぐ者に世代を越えて不死鳥の如く甦るものなり』
槍と共に伝わるこの言葉のとおり、次の世代へと繋がねばならない大事な宝なのだ。
こめかみが切れたのは幸いだった。
頭に昇った血が程よく抜けて、冷静な思考を保っていられる。
「…ふぅッ!」
目眩が治まるのを待ってくれる相手ではない、短く鋭く息を吐き、ギンと目を見開いて、続く攻撃に備える。
案の定、まだ破損した壁の木片としっくいが舞い散る中、槍使いは距離を詰め、容赦無く槍を突き込んできた。
されど今度は至って王道な直突き、ヒッサァも槍を素早く突き出すと、穂先が触れ合った所でくるりと巻き落とし、地を突いた敵の槍を踏み抑えて、流れにのって石突を上段から振り下ろす。
捉えたと思ったが、チリと音を立て肌を擦るギリギリで躱される。
そのまま石突が地を抉る頃には、抑えていた筈の敵の槍は全力で踏みしめていたというのに力任せに引き抜かれていた。
出会い頭の一撃から分かりきってはいたが、信じられないほどの馬鹿力である。
立て続けにとん、とん、とんと、相手から距離を取るためのバックステップ、加えて槍の握り位置から、再び強烈な突きを繰り出そうとしていると察し、ヒッサァは肩から突っ込み間合いを詰める。
棍術を嗜む分、超至近では優位を得られるとふんだヒッサァであったが、淡い期待はあっさりと両断された。
(…なるほど!こうくるか!!)
敵の得物は短刀に似た刃を持つキクチ槍、蕪巻のすぐ下を握ることで刀として正中に振るわれた刃をヒッサァは上段で受け止める。
その長い柄がヒッサァなり自分の身体なりに当たらぬよう、さりとて付け入る隙の無いコンパクトな所作で振るうのは、一朝一夕に出来ることではない。
(…どういうことだ?タケトラ様の所蔵の槍のはず…しかし…いや、今は考えるな!)
ギリギリと拮抗する中、ふと浮かんだ疑問は脳裏に押しやって、槍を傾け敵の斬撃を滑らせると、傾きのままにグンと引いた石突を鳩尾に目掛け薙ぐように押し出す。
しかし敵もさるもの、その頃には引き戻した槍を天を突くが如く立て、ヒッサァの強撃を受け止めるのであった。
続く