「「「いやちょっ…!!?」」」
かげろうの全く予期せぬ行動に、皆が慌てた所でもう遅い。
凛と呼ばれた亡霊は、これまたこともなげに放られた槍を片手ではしと掴む。
「………礼は言わぬぞ。さらばだ」
何故こうもあっさりと渡すのかと戸惑いは隠せないが、槍がこの手に戻れば仔細ない。
万全整ったからには、些事にかまける余裕などないのだ。
凛はヒッサァ達にくるりと背を向けると、2条の槍を携え霞のように姿を消したのであった。
「あの槍はタケトラ様のって、説明聞いてましたよね!?なんてことするんですか!!」
さっそくいなりに食って掛かられるも、かげろうは何処吹く風である。
「………在るべき場所に還しただけだ」
お前なら分かるはずだと流し目を向けられ、ヒッサァは喉もとまで出かかっていた非難の言葉を飲む。
そう、槍を交えたから分かる。
達人は筆を選ばぬと云うが、ふと手に入れた槍で斯様に振舞うことなど、到底不可能だ。
タケトラの所有していた2条の槍は、紛れもなく彼女のものに相違ない。
「古き魂だ。慚愧に駆られるまま彷徨わせていたら、遠からず悪しき神と化す。そうしたらよほど手に負えん。槍を取り戻して、気が安定するのを見ただろ?」凛の手に槍が渡った瞬間に覚えた、空気が澄むような感覚をいなりは思い起こす。
「それは確かにそうですけど…でも、結局まだ彷徨っているわけですよね?その、リンさん、でしたっけ」いなりはヤマカミヌを知らなかったかげろうが何故それを知っているのかが気になったが、今それは重要ではない。
そう、亡霊は亡霊のままで、未だ成仏した訳では無いのだ。
「なぁに簡単だ。武将の還る先など、王のもと以外にあるまいよ」
その先で、とうに仕える国も王も過ぎ去っている現実を知れば、成仏もするだろう。
そうしたらゆるりと槍を回収すれば良い。
それが、かげろうの考えた次善策のようだ。
「なるほど。して、彼女の仕えた国はどちらなのです?」
ヒッサァの受けた依頼は、あくまでも、タケトラの館から忽然と消えた槍の回収。
修繕に出されていた揃いの1条の受領はそのついでだったのだが、思いもかけずそちらまで、同じ下手人により持ち去られてしまった。
ヒッサァとしても、槍を回収せねば立つ瀬が無い。
ことの顛末を、見届ける必要がある。
「そんなの、ヤマカミヌ王国に決まってるだろ。で、いなり。どの辺りにあったんだ?」
「………え?そんなの知りませんけど」
「………………………………………ん?なんだと?」あっけらかんと返った答えに、かげろうはまばたきが止まらなくなる。
『ミトナモ流離譚』は、ミトナモを名乗る一族を主軸に、ヤマカミヌ王国の記録と情景を内からまとめたものである。
当然ながら、エルトナ観光ガイドではないのだ。
「おい誰だ槍を渡した馬鹿は!凛を捕まえろ!!絶対に逃がすな!!!」
重苦しく長い沈黙の果て、かげろうの口から飛び出したのは、そんなとんでもなく理不尽な言葉であった。「………もう既に影も形もありませんが…」
「馬鹿はアンタだーーーっ!!」
この一件が勃発して以来、はや何度目か分からぬいなりのツッコミが、朝の訪れを告げる鶏の声に先んじてカミハルムイに炸裂したのであった。
続く