「わぁっ!なんて絶妙に仕上がっているお菓子っ!これはエンジェルの名をゆずらなきゃかも……!?」
味見用の一つをつまんで、マスター・ポシェルの小さなプクリポの身体がじにーの顔に並ぶほどに飛び上がった。
ちなみに彼女は、自らをクッキング☆エンジェルと名乗っている。
「………謹んで御免被ります」
エンジェル☆じにー、もしくは、じにー・ザ・エンジェル。
いずれにせよ、はれて襲名の暁には、あげはやいなり、ヤマにリーネあたりは腹が捩じ切れるまで笑い転げるだろう。
よしんば、いなり家三姉妹の中で一番の人格者である相棒のオスシですら、爆笑のあまり膝から崩れるおそれがある。
菓子も気持ちも、鮮度が命。
エプロンを脱ぎ捨て、マスター・ポシェルに礼を述べたら、大地の箱舟に飛び乗り一路ヴェリナードへ。
髪型は整っているか、服装は派手過ぎないか。
今日の主役は自分ではない、ファッションとはこういうケースが一番悩ましい。
兎にも角にも、全力を尽くしてこの日を迎えたものの、バレンタインを大放置した件でまだ先方がブチ切れモードであったら、全て水の泡である。
見慣れたアクセサリー屋の前で行ったり来たり、ムーンウォークを繰り返すこと幾星霜…
「あれぇじにー、来てたんだ?いつもずけずけ入ってくるのに、どした?」
ついには踏ん切りがつかず、ようやくというべきか、閉店時間を迎えて鍵閉めに出たリーネに見つかった。
「てか、ほんと久しぶりだね~、いや~、なんだっけ?ミル…ミルドラ?何かよく知らないけど駆け込みのお客さんが多くてさ~」
やれやれと肩をぐりんぐりんと回すリーネの様子からは、欠片も怒りは感じない。
「……ふ、ふ~ん、そうなんだ」
種を明かしてしまえば、単純に言葉のとおりリーネは忙しかっただけで、まして、じにーの仕事、そのバレンタイン周辺の地獄の忙しさを知らぬリーネでもない。
初めから取り越し苦労だったと判明したわけだが、かといって、用意したものが無駄になることはなかろう。
「てか、はやく店内入りなよ~。今日は仕事終わったし。ハーブティーでも飲んでって」
「あ、あのさ…!」
カモミール、パッションフラワー、リンデン……
リーネの特製ブレンドは、図らずもギモーヴと相性抜群である。
長い生涯、気をおかずにすむ友人だからこそ、たまにはかしこまって感謝を伝えることも大切だ。
バレンタインもホワイトデーも、つまるところそんな口実のひとつとして、実にちょうど良い。
「いつも、ありがとね」
時間外れの素敵なティータイムが、今幕を開ける。
~完~