衝突の勢いで傾いた木をずるりと滑り落ち、かろうじて棍は手放さずにいるものの、身体はもはやピクリとも動かせそうない。
うなだれた目線の先、姉と揃いの朱鎧にビシリと亀裂が入っていた。
この朱は、敵にとって目印となる色。
この鎧をまとうと言った時、最後まで酷く反対されたものだ。
それはそうだ。
姉上は正しい。
……姉上と違い、私はこんなにも、弱いのだから。
早駆けてさっさととどめを刺せば良いものを、災厄の王の眷属はズシン、ズシンと一歩ずつ近付いてくる。その距離およそ九十九尺。
こんなに早く、仇も討てないままに再会することを、きっと姉上は詰るだろうな…
詮無きことを考え自嘲しながら、その意識は途絶えた。
「…気絶したか。悲鳴をあげてくれねばつまらんというもの…ふぅ…名だたる戦士は狩り尽くした。残る弱者に期待するのは、酷というところか」
時間はあるが、目を覚ますのを待つのも面倒だ。
かと言って急く理由もなく、災厄の王の眷属は、変わらぬ歩みでゆるりと迫る。
その様を俯瞰し、いなりは怒っていた。
このくそったれな夢の内容の全てに、酷く怒り散らかしていた。
何故、こうも自分が弱いと卑下するのか。
何故、朱鎧を脱がせようとしたのは、危険に晒さぬためだと分かってくれなかったのか。
何故、くだらない復讐などに囚われて、生き永らえる機を失してしまったのか。
そして何よりも……
一番腹立たしいのは、たった一人の大切な妹に想いをしっかり伝えてやれなかった己自身だ。
妹が意識を失ったからなのか、いなりはすうっと溶け込むように、その身体に潜り込む。
肋に、左の尺骨、右足の薬指…
痛みから骨折の箇所を確認し、一番身体に負担の少ない所作をすぐさま脳内で組み立て、ゆらりと立ち上がった。
「む…?木が程よく威を打ち消したか?クク……一寸の虫にも五分の魂とは、か弱き汝らの生み出した戯言であったな。いいぞ、その言葉通り、せいぜい楽しませてくれ」
侮蔑の言葉を聞き漏らさず、静かに心の炉にくべる。強敵であるのは事実、この豪と燃え盛る怒りも正しく飲み込み力とせねば、勝ち目はない。
棍の長さはちょうど太刀より長く、大太刀よりわずか短く、つまりは、いなりにとって実に都合が良い。
刀を腰に携えるが如く、帯に深く刺す。
そのまま滑るように大股を開き、ザッと地を踏み締める。
左手は鞘を握るように腰もと、右手はそっと柄に添えるだけ。
蒸気が鋭く吹くような、細く長い独特な呼吸音が風をきる。
(しかし……なんだ…?雰囲気が変わった……?いや、これではまるで別じ…)
災厄の王の眷属は獲物の変化に戸惑いを隠せないが、幸か不幸か、その理由に思い悩む猶予は残されていなかった。
続く