アストルティアタイムズ。
創刊から128年の歴史を誇る老舗の新聞紙である。その名に冠する通り、ひと大陸にとらわれず、政治から気候、国家主導のイベントから巷の噂話まで網羅し、読み手を楽しませることに余念が無い。
物流的な見地からも、レンドアかラッカランにあるのだろうと考えられているその編集室だが、実はオルフェアの一画にひっそりと佇んでいる。
「編集長~、生きてます~?」
あげははそれを知る数少ない人物の一人である。
山と積み上がる新聞記事の卵たちを崩さぬよう、忍び込むが如くそっと慎重に慎重に扉を開く。
「お~~っ、待ってたよぉ……」
ツーサイドアップの金髪はデスクという堅い寝床により仕付けられた寝癖に乱れ、指二本並べても隠せぬほどのクマをこさえた女史が、ひらひらと紙束の塔を挟んだ向こう側で手を振る。
「前号のバラの庭園と茸パーティの特集、反響良かったよぉ。でもお姉さんとしては、椎茸の仮装したあげはちゃんの写真で一面を飾りたかったなぁ」
今も隣を舞う精霊のモモすらも、あげはを裏切りリッカのその案に賛同していたのだが、無論却下した。
オーガにしては珍しくウェディのあげはよりも身長が低い編集長は、当然あげはの姉ではない。
「リッカさん、馬鹿言ってないでチェックお願いします」
いつものダウナーな口調の与太話をスパッと斬り捨てるは、あげはなりの思いやりからくるものである。
「うん、うん……なるほどねぇ。根底にはヤマカミヌか……思わぬ名が出てきたもんだね。お友達が騒動に絡んでたんだっけ?あげはちゃんは幸運に恵まれてるねぇ。一流の記者の証拠だよ」
何度もずり落ちる巨大な丸メガネを都度直しながら、ひらひらと頁をおくるリッカの指先には若干の震えが見て取れる。
また随分と、無理をしているようだ。
しかしオーガらしからぬ身に生まれた反動か、『筆こそ我が力』が信条の上司兼友人は、次号を無事刊行するまで頑なに休むまい。
ドラキーメールで済むところ、わざわざ直接原稿を持ち込んだのは、直前の取材地が近かったこともあるが、リッカをいち早く休ませるためでもあった。
あげはは記事も担当するが、あくまでイラストや写真が得手、リッカからリテイクが出ることも稀にある。そうした際には、現地に詰めている方が手早く片が付くのだ。
続く