「お待たせしました!若鮎の塩焼き2つね!!」
「ありがとう!!!」
ヒッサァは翻る紫のポニーテールに既視感を覚えたが、おかげさまで露店は大盛況、相手が誰だか思い出す間もなく列の対応に忙殺される。
「ダン、これ追加」
その裏で、バサリとトーラがマントを開けば、たらいに雪崩込むように漁りたての鮎たちがまろびでる。
「串打ちが間に合わねェ、ちょっと手伝ってってくれ」
「わかった」
ちらりと見やれば、ヒッサァの向こうにはまだ長蛇の列が伸びている。
とてもでないが残弾が心許ない。
今日ばかりはトレードマークのテンガロンハットをねじり鉢巻きに変え、矢継ぎ早に鮎に塩をふり串をうっては炭火の前に並べていく。
川の方ではリーダーのJBが引き続き鮎釣りに勤しんでいるはずだ。
しばらくトーラを借りても問題はないだろう。
「お次、四尾注文入りました~!」
「あいョ!」
かげろうが居候先の手伝いに取られてしまったのは痛手だが、なに、どうせこの桜並木の下だ、景色を肴に酒に興じ、使い物にはならなかっただろう。
代役のヒッサァの方が存分に役に立つ。
カミハルムイ外苑に設けられた花見会場、今日のピークはあと1時間か2時間か。
傾いた太陽の代わりに恐る恐る顔を覗かせ始めた月を一瞥し、引き続き綿々たる行列との戦いに身を投じるダンなのであった。
「ユクさ~ん!お待たせ!!」
共に列には並ばぬも、付かず離れず見守ってくれていた占い師のユクに、ポニーテールの少女は塩焼きの一つを手渡す。
「あ、ありがとうございます」
「……堅いなぁ。あの時みたいに気楽に気楽に!ね?」
とびっきりのウインクを受け取るも、ユクの緊張はそうそう解れるものではない。
あの時みたいに、と言われても。
冒険者同士の間柄は合縁奇縁、かつて知の祝祭を巡る騒動に巻き込まれた折、共に死線を潜り抜け、その果てに仰ぎ見た蒼天に心の底から笑いあった記憶は勿論ユクの胸にもまだ新しい。
しかし、グランドタイタス号をぎゅっと縮めたかのような豪奢な馬車で連行され、宝石のように鮮やかなレッドカーペットの先、正装たるピンクのドレスに身を包んだメレアーデの姫様然とした姿を目の当たりにすれば、遅ればせながらメレアーデと己の立場の差を実感しようというものである。
「ん~、たまらない香りだわ!」
これが王族の本領か。
その手に持つは荒々しい焼き魚だというに、メレアーデからはまるで一輪の薔薇を携えているかのような気品が漂っており、ユクはある種の驚愕を禁じ得ない。
良いですね!と相槌うってしまった手前、とめるべくもなかったのだが、考えてみれば鮎の塩焼きはいわゆる怪我飯にカテゴライズされるのではなかろうか。
縁あって恐れ多くも市井の自分にこうして気さくに接してくれているが、繰り返すも彼女はエテーネの王族、その喉や歯と歯茎の隙間に小骨でも突き刺さろうものなら、我が身は磔の上、槍を突き立てられるに違いない。
そういえば暦の上では今日は一粒万倍日である。
小骨と槍、ちょうど計算が合うのではないか。
いいしれぬ緊張感が漂う中、ユクの心配をよそにメレアーデはするりと塩焼きを平らげた。
「しばらく猫の姿で暮らしていたからかしら?お魚を食べるのは得意なの」
冗談までなんと可愛らしいんだろうかと余計なことに気を取られた結果、小骨を喉に引っかけたのはユクの方である。
「大丈夫?こういう時はたしか、米粒を飲むのが良いのよね」
幸い、よく火が通り骨まで柔らかくなっているおかげか痛みはわずかで、馴染みある三姉妹のもとで買い求めたいなり寿司を頬張るうち、小骨はするりと胃の腑に落ちてくれた。
「侮っていたわ。いなり寿司ってこんなに懐の深い料理だなんて」
ベーシックな白いなりに始まり、酢に浸した蓮根や椎茸、人参などを混ぜ込み食感も楽しい五目、そしてわさび菜を添えたものや、生姜の千切りがシャッキリと味を引き締める変わり種まで。
さすがに2人には多いかと思われたいなり寿司の桶だったが、気が付けば空になっていた。
器を返却しつつ、何処もかしこも酒ばかりが並ぶ出店の通りの中、2人はようやく甘酒の屋台をみつける。湯気と甘い香り立つ湯呑みを片手に、心地良い喧騒からは離れるも河の如く居並ぶ桜の見える小高い丘に腰掛けた。
続く