口の中に心地良く残る甘みを唐揚げやら焼きそばやらの塩味で押しやって、ようやく人心地つく頃には、甘酒も程よくぬるまっている。
「……ごめんなさいね。今日は突然のことで驚いたでしょう?」
「それは、まぁ……」
発端はメレアーデの従兄弟にあたるユルール。
ここのところ公務が立て込んでいる為か、ふと物思いにふける様子が目にとまるようになったメレアーデを心配し、何か気分転換を、と考えた。
しかしメレアーデに負けず劣らずユルールは多忙につき、賢者ルシェンダに相談した結果、信頼置ける友人としてユクの眉間にスコンと白羽の矢がたったわけである。
「ユクさんも楽しんで貰えたなら、何よりなのだけれど」
「それは勿論!!」
その問いにばかりは、何の肩書もなく友達同士、あの時の空気が舞い戻る。
「ふふ。良かった~」
桜に目線を戻し、湯呑みを傾ければ、麹の優しい甘さとともにじわりと温もりが広がった。
つられるように一つ、また一つと提灯に火がともされ、陽とも月とも異なる柔らかな灯りが桜を照らす。
「……不思議な花ね」
ただ美しいだけではない。
儚さをはらんだ風景は、メレアーデの憂いをゆっくりと浮き彫りにしていく。
ここのところ、いや、あるいは『今』のアストルティアに辿り着いて以来、メレアーデを悩ませていたものは、拭い切れぬ後悔である。
守りたかったもの、全てを守りきることはできなかった。
助けたかった人、その全員を助けることはできなかった。
悔いても悔やみきれず、詫びたところでけして赦しは得られない。
それでも目の前の景色は、この遥かな未来の地で、皆と前を向いて歩いていくと誓いを新たにするに充分。「あらためまして。ユクさん。今日はお付き合いいただいて、本当にありがとうございました」
一筋の涙の跡を残すも、そこには満面の笑みが浮かんでいた。
「そんなにかしこまらなくて……ユクで、良いです。この先もずっと、その、よろしく、メレアーデ……ちゃん、……さん」
流石に気安過ぎたかと言い直すも、緊張と高揚でユクの頬も桜に染まる。
「ふふふ!こちらこそよろしくね、ユクちゃん!」
桜は花を散らしつつ、その枝を緑に染めていく。
そしていずれまた、桜は満開の花を咲かせるのだ。
不意に強く吹いた風が、吹雪の如く花びらを舞わせる。
その一つ一つに背中を押され、メレアーデは一歩また一歩と、歩を進めるのであった。
~完~