オーグリード大陸、険しい雪山の中に位置するランガーオ村。
その起こりは『悪鬼ゾンガロン』の襲来期にまで遡り、ヒッサァの故郷であるオルセコ部族の集落と並び、五大陸で現存する最古の村と目されるほどに歴史が古い。
かの勇者の盟友ユルールもまた、この村で研鑽を積んだとされている。
「はぁ~おおきに、ほんまおおきになぁ!」
アルバイトの出張屋台は大盛況、想定よりも随分早く用意した具材は捌けきってしまい、ピッピンコは有り難くも売り切れを惜しむ声が鳴り止まぬなか店を畳み、さそうおどりで呼び込みを手伝ってくれたエンプーサたちにも別れを告げる。
こういう思いも寄らない出会いが、出張アルバイトの醍醐味である。
「せっかくやし、名物でも食べて帰ろか~」
まだ夕方に差し掛かろうかどうかというところ、しかし気早な飯処であれば充分に暖簾を掲げる時間だ。
「お!」
さして迷う暇もなく、行き当たった牧歌的な佇まいのお店へと、ピッピンコは吸い込まれていくのであった。
「見るからにアッツアツやなぁ。ええやないのええやないの。冷えた身体に湯気が染み入るわぁ」
郷に入っては郷に従え、注文したのはメニューに一番人気と添え書きされた『味噌煮込み定食』。
メインの味噌煮込みうどんのおさまる小ぶりな土鍋は、火からおろされてなお、シイタケやネギ、カマボコに卵などの具材をグツグツと揺らして、見た目でも楽しませてくれる。
おうどんはそれだけでもメインをはれる逸材であるが、此度はお供に白米を連れている。
主役同士のタッグに戸惑いを覚える者もいるであろうが、お好み焼きと白米という文化を知るピッピンコはさもありなんと受け入れて、まずは木のレンゲにスープをすくい、火傷に気を付けながら一口味わう。
味噌煮込みといえばこの赤褐色。
その素朴な色合いを演出する赤味噌は、大豆を長時間水に浸した後に蒸し、白味噌に比べて長い熟成期間を費やして作られる。
塩分濃度が高く長期保存に向く点もまた、この気候厳しいランガーオ村に赤味噌文化が根付いた理由の一つであろう。
ガツンとくる塩辛さの中であって豆の甘みもしっかりと残り、また、赤味噌の我の強さに負けぬよう、鰹節のほか、あえて血合いを残すことで強いコクを醸す宗田節を織り交ぜることで旨みのバランスが保たれている。
また、スープとともに生から麺を茹でることによりとろみが生まれ、なんとも喉越しが小気味良い。
「おお~これはこれは」
続いてチュルンと麺を味わえば、その前代未聞なあまりの硬さに度肝を抜かれた。
鍋に投入したばかりなのではと疑いたくもなるが、芯まで深く染み込んだ味噌の味わいが、煮込んでなおこの硬さなのだと雄弁に物語る。
これは良くない。
この噛み締めねばならぬ硬さと濃い味付け、お好み焼きに負けず劣らず、じゃぶじゃぶ白飯が進んでしまう。
小鉢で添えられた天かすによる味変も挟みつつ、気が付けばあっという間に一口分の麺に白米、そして卵を残すのみ。
「むむぅ……悩ましい問題やで~、これは」
ここまで大事に大事に残した卵。
純白の宝箱の中、スープの熱により間違いなく程よい半熟に仕上がっている黄金色の蜜を絡めるべきは、麺か、白米か、麺か、白米か………………
「はぁ~~、口の中に楽園が広がっとるわぁ……」
果たして、麺に艶やかなドレスをまとわせたのか、それとも、M(ミソ)T(卵)G(ご飯)としたのか、それはピッピンコの胃袋だけが知っている。
「今更やけど、今日はええ稼ぎやったし、豪勢にあかいムシの天ぷらのせにしても良かったなぁ。て、あらやだ、あの子の口癖伝染ってもうてるやないの!ふふ、さ~て、ほな帰ろか~」
次はどんな出合いが待っているのだろうか。
あたたかい郷土料理に英気を養い、ポヨポヨとドルボードを駆るピッピンコなのであった。
~完~