「アクロバットケーキに次ぐ、いや超える新名物、たまねぎキングポップコーンもよろしゅうたのンます~、これオマケな!」
バチコンと景気良く投げキッスが飛んだ。
今日のアルバイトは、ナブナブ大サーカス団の売店のお手伝い。
ピッピンコの掛け声と誘導の甲斐あって、お昼の部開演前の大行列は実にスムーズに捌き終わる。
上演時間を迎え、テントまわりには人影もまばら。
再びにぎわいをみせる夜の部まで4時間ほど、ピッピンコはしばし休憩の時間となる。
サーカスの舞台が望める休憩室で編み物でもして時間を潰すにせよ、程よい時間だ、先になにか腹に詰めておきたい。
「そういや、名前は聞いたことあるけど、入ったことないなぁ」
テントの近く、オルフェアの裏通りをぶらりとゆけば、アーチを描くスイングドアの向こうから、なんとも蠱惑的な肉の薫りが漂ってくる。
老舗のバーガーショップ、『エルダー』だ。
気が付けば引き寄せられるようにカウンターに立っていた。
「エルダーバーガーにクリンクルポテト、ドリンクは……どないしよかなぁ……」
定番はコーラだが、たっぷりと時間はあるのだ、食後の一服と考えるとコーヒー、紅茶の類も捨てがたい。「むんむむむむ……」
しかし目下ピッピンコを悩ませるのは、おかわり自由と書かれたルートビアなる未知の存在に挑むかどうかだ。
「ビッグチーズバーガーとオニオンリング、ドリンクはルートビアで!!」
無難にアイスティーと頼みかけた矢先、決めかねるピッピンコの隣の列にさっと現れた女性から、迷いなきオーダーが飛んだ。
顔の半分をフェイスベールで覆うも、神秘的な雰囲気を吹き飛ばさんばかりの快活さを漂わせるウェディ。ここは占いの館も近い、そこで働く占い師であろうか。
ともあれ、これぞ導きに違いない。
「……ルートビアで!」
かくして、ドキドキとワクワクが満ちに満ちたプレートを受け取り、出来立て熱々の笑顔を浮かべ席に着く。
エルダーバーガー、ふっくら太々しい上下のバンズの間で、レタス、トマト、オニオンフライの野菜群と、肉厚ジューシーなパティが、更にクリームチーズとペッパーポークを挟み込む。
オールスターを詰め込んだ、まさに店の名を冠するに恥じぬボリュームである。
そしてハンバーガーの名脇役、一口にフライドポテトと言っても、実に様々な種類が存在する。
ピッピンコの選んだクリンクルは、太く波状のカットゆえにじゃがいもを強く感じられ、ザクザクの歯応えも楽しめるスタイル。
パンチあるハンバーガーの味に合わせるにうってつけと言えるだろう。
「さて、気になるコレからいってみよか」
ともあれまずは、酷使した喉を潤すのが先決だ。
汗をかくほどキンキンに冷やされたジョッキがまた、この店のサービスの良さをうかがわせる。
上機嫌でぐびっと口に含んだその時、ピッピンコにギガデイン走るーーーー!
何とかゴクリと飲み干したものの、頭の中ではアームライオン型の噴水にバイキルトを二重三重にかけたかの如く盛大に噴き出すほどの衝撃であった。
「ビックリしてもうたわ~……なんやのこれ?喉やなくて、くたびれた腰やふくらはぎに塗り拡げるもんちゃうの?」
相手は飲み物だというのにまるで湿布薬かと錯覚してしまうほどの圧倒的な清涼感に襲われ、ピッピンコは目を白黒させる。
とりあえず心を落ち着かせようとポテトをつまんで、はたと気付いた。
油が気にならない。
ルートビアの鼻に留まる清々しさのおかげで、純粋に揚げ物の食感を楽しめる。
更には、コーラとソーダフロートの中間に位置するようなミルキーな後味が顔を覗かせ、ポテトの塩分と甘じょっぱいハーモニーを奏でるではないか。
バーガーとの相乗効果も言わずもがなである。
ルートビアは、プクレット近郊の農場主が自身で楽しむために作ったハーブ飲料がその起こりと言われている。
やがてオルフェアの僧侶が様々な薬草を独自に調合し、改良が加えられていった。
ここ、エルダーにおいては、バニラ、サルサパリラ、マシュマロウ、ウェナタンポポ、リコリス、ジンジャー、シュガーケイン等々をブレンドした原液をソーダの泉から汲んださわやかソーダで薄めたものが提供されている。
バーガーを齧っては一口、ポテトを齧っては一口、合間に挟むたび一口に含む量はどんどん多くなり、結局バーガーを食べきるまでにルートビアを1杯おかわりまでしてしまった。
「さ~て!もうひと頑張りやで~!!せや、夜の部では舞台にあがらせてもろて、フラメンコでも披露しよか!」
ふんっと鼻息を鳴らせば、爽やかな残り香が心にまで吹き抜ける。
これはきっと、風呂上がりの1杯としても最高に違いない。
お土産にと求めた缶詰の6本セットを小脇に抱え、小躍りしながらテントに戻るピッピンコなのであった。 ~完~