チビッ子などと揶揄したが、相手が見た通りのなりではないことは察しの上、じにーは鞭を、ユクは左の逆手で刀を抜き、右で4枚のタロットを山札から引き抜き扇のように構える。
「……3分だけ遊んでやる」
「ナマ言ってくれるねぇ!でもそれはこっちの台詞だっての!!」
先手必勝、じにーは鋭く鞭を振るった。
腰の捻りから胴、肩、腕、そして鞭へとしなやかに力が伝わる。
しかしそこからその先端は桃色に妖しく光り、与えられた以上の速力を見せた。
単に撃ち放てば一粒一撃きりのピンクパールだが、このように鞭に組み込み宝石魔術でコントロールする手であれば、5、6撃は使用に耐える。
狙いは胸骨のど真ん中、泣かせるどころか、棺桶送りの一撃である。
「……気持ち悪っ!?」
そう容易くは行くまいと思っていたが、よもやこのような形で防がれるとは思いも寄らなかった。
いつの間にやらアルファの背後からずるりと這い出していた銀色のケーブルが鎌首をもたげ、じにーの鞭を弾いたのだ。
再度鞭を疾走らせるも、ケーブルは次から次へと本数を増してじにーの鞭を迎撃し、次第にぐるぐるとアルファの身体にまとわりついていく。
結局、ピンクパールの一粒を使い潰すまで、ケーブルは見事にじにーの猛攻を凌いでみせた。
そしてその頃にはすっかり余す所なく身体をケーブルに覆われ、やがてゆっくりとその身は持ち上がっていく。
アルファの身体が引き寄せられて行く先、じにーの肩幅を上回る太ましい腕と脚を持つ巨体が、木々を造作もなく薙ぎ倒し現れる。
首から上を持たぬその不足を補うようにアルファの身体がずぶりと納まり、剥き出しの頭は特殊強化素材の透明なカバーで覆われる。
「魔祖なるものの外法にて作り出された古代兵器、それを参考に作り上げたボディだ。実動データをとれる程度には持ちこたえてくれよ」
感触を確かめるように二度三度拳を握り固めると、巨体に似合わぬ俊敏さで距離を詰め、じにー目掛けて振り下ろした。
「早っ…!?」
飛び退ったじにーを、肩の後ろから生える蜘蛛脚のような鋭い触腕が追撃する。
「ふん、ぬぬぬ……!」
狙いは一直線にじにーの顔面、間一髪のところで、割って入ったユクが触腕に刀を押し当て、軌道を逸らすことに成功する。
『力』のカードで底上げした膂力でもってしても重い一撃、刀の背を肩に担ぐようにしてやっとのことだ。踏ん張った足で地に線を引きながらも、そのまま触腕を弾き上げて敵を仰け反らせ、反撃のチャンスかと思いきや、頬に熱を感じてユクは青ざめる。
敵は姿勢を崩したのではない。
次なる一手の為に、腹にある大きな口を開いただけだったのだ。
ずらりと並ぶ凶悪な牙の間から、紅蓮の炎が迸る。
「じにーさんごめん、巻き込む!」
敵の姿を覆い隠すほどの火炎投射、無傷での回避は不可能と見て、ユクは『力』に続きもう1枚手札を切る。
発動した闇エネルギーの爆発は火炎を何とか押し留めるも、至近で衝突したことによる風圧がじにーとユクを吹き飛ばす。
「「きゃああああああっ……!」」
さもなくば今頃、2人仲良く骨までこんがり焼き上がっていた。
しかしこれは最善だったか。
詮無き後悔がユクの脳内で渦を巻く。
目まぐるしく移る視界はただひたすらに青く、やがてぐんと重力に背中を引かれる。
どれだけ高く飛ばされた?
じにーさんは無事か?
着地はどうなる?
受け身で何とかなる高さか?
そのまま戦闘を継続できるのか?
落下点で敵が待ち構えているのでは?
「…口を閉じていろ。舌を噛むぞ」
答えは出ず、巡り続ける思考を遮るように、凛とした声が耳朶を打つ。
「えっ…?」
こちらは落下のさなかなのだ。
不意に声がかかれば、その内容がどうとか以前に、まずは困惑する他ない。
まして、聞き覚えある凛としたその声は、本来ここ、アストルティアで聞こえるはずがないのだ。
戸惑うのもさもありなんと分かっていてか、ユクの直下から舞い上がってきた声の主は、軽く触れるようにそっとユクを抱きとめると、そのままにぐんぐんとあっという間に、太陽へ届いてしまうのではというほどに上昇する。
そうしてユクは、眼下に絶望的な光景を目にした。
ルシナ村を中心として弧を描くように山にひしめく鋼鉄の人馬。
その数は10や20では到底きかない。
包囲殲滅の陣形、ただの一人として、生かして通す気はないのだろう。
一分の狂いなく、サージタウスの軍勢、その腕に据えられた弓矢がユクの、ひいてはその背後の人物へと向けられる。
飛び道具を持つ相手を前に、姿を晒すは愚策。
しかしだ。
堂々と遥か高みから敵を見下してこその、『魔王』である。
続く