◇◇◇ドラクエ10ならびにウォークの夏イベントのネタバレを含みます◇◇◇
「やぁ、まさかこ~んな所で再会できるとはねぇ?」世にも珍しい水上ドルボードレース、キュララナグランプリのコースを一望に収めることの出来るレストランにて、2人のウェディが皿を挟んで向かい合っている。
トスッと抵抗無く深々とタコに刺さったフォークが、ユクには罪人の首を狩る刃のように見えた。
ジュレットで今朝水揚げされたばかりの新鮮な生のタコ、本来であればその弾力をもってして、ナイフすら容易には通さぬ筈だが、そこは調理法に秘密がある。
一口大にカットした魚介類と野菜を、柑橘果汁でマリネ。
すると、生っぽさを残したまま、果汁の酸でタンパク質が変質し、火を通したような食感に仕上がる。
これをセビーチェと呼び、コースの前菜やワインなどのお供にはもってこいの一皿である。
「どうしたの?あ、魚嫌いだった?それとも酸っぱいの苦手とか?」
「あ、いえ……イズミさん、お構いなく……」
そもこのテーブルはイズミの予約で、セビーチェもイズミの注文の品である。
故に、不意な会場アナウンスで呼び出されたユクの食が進まないのは当たり前といえば当たり前なのだが、無料の水すら喉を通らないのは、それが理由ではない。
「そ?じゃ遠慮なく」
鯛にパプリカ、紫玉ねぎにモンゴウイカ……もとよりユクには構わずフォークを進め、やがて、血のように真っ赤なダイスカットのトマトに一際勢い良く突き立てる。
慌てて掌で塞いだものの、既に、ひっ、と空気が漏れるような悲鳴がユクの口から迸っていた。
「えぇえ?さっきからびくびくしちゃって、な~んか怪しいなぁ」
ユクよりも上背のあるイズミはわざわざ頭を傾けて、上目遣いで睨め上げる。
ぶわっとユクの背筋に冷や汗が噴き出した。
いや、落ち着け。
ヴェリナードにお縄になるような、違法行為はしていない。
占いでグランプリの結果を予想しましたと言ったところで、それを裁く法はないのである。
……ただ少しばかり、その、ユクの占いは、人物に降りかかる不幸に関して、殊更に精度が高いだけであって。
宝箱の中身などを色で指し示すインパスの呪文。
類稀なる適正か、はたまた拡大か、ユクのインパスは相手の運命すらも色で見える。
常夏のビーチに居並ぶレース参加者に浮かんだインパスの薄い赤。
それは、生命には関わらぬ些細なトラブルを示し、そしてその中にただ1人、青色の浮かぶ選手を見つけたユクは、つい出来心でほんの1枚だけ、舟券を購入した。
呼び出しのタイミングを考えるに、券売所に立つ姿をあろうことかイズミに見られていたに違いない。
目下、最大の問題としては、ユクのインパスの異能を知る者はアストルティア広しと言えども5本の指以下に限られているが、そのうちの1人が他ならぬ目の前のイズミであるということである。
彼女の発言次第では、いやそれでもけしてそんなことはないだろうけれど、よもやひょっとしてごくごくわずかながら、インパスを賭け事に用いたことを罪に問われる可能性があるのではないか。
永遠に続くかと思われた蛇と蛙の睨み合いであったが、不意に浜の方から立ち昇ったどよめきと歓声に断ち切られる。
「あ~、おめでとう!大当たりじゃない!!!よくこんな大穴に賭けたもんだ。ギャンブルの才能、あるんじゃない?」
イズミはグランプリの結果と指先で持ち上げた紙切れとを見比べ、満面の笑みを向ける。
「あっ、えっ…!?いつの間に…!?」
ゴールの直前、しびれくらげが空から大量に降ってこようとはまさしく大番狂わせ、ほんの一握りしかベットしていない大当たりの舟券は、ユクが胸元に確かにしまっていた筈の物である。
「はい、返すね。ところでさ、ちょ~っとついてきてほしい所があるんだけど」
舟券を突き返すついでに親指を滑らせれば、手品のようにもう1枚のチケットが下から顔を出す。
行き先はモルドニア島。
レンダーシアの遥か南にポツンと浮かぶ、小さな島である。
拒否権はあるのか、など聞くだけ無駄だと如実に語るイズミの笑顔は、遥か離れた薄暗い部屋の中、水晶球にでかでかと映し出されていた。
「ひゃーひゃっひゃっ。これはこれは、面白い連中と運命が交わるようだねぇ。頑張りなよ、ミレーユ」
グランゼドーラの母と呼ばれる占い師は、孫娘のように気にかける助手のこの先の運命を夢に見て、笑い声を響かせるのであった。
~続く~