「干しスライムってアストルティアにもあったんだ~」
太陽の朱に似るほどに濃い橙のそこかしこに、小さな白い切片が浮かぶ。
フェイスベールを軽く持ち上げ、小指ほどの太さもあるストローでズッとすすれば、まったりと濃厚なマンゴーの甘みとともに、木耳とゼリーの間をとったような、柔らかくもしっかりとした弾力をもった懐かしい食感が飛び込んできて、め~たは感嘆の声をあげた。
「……ちょっ!?やめてよ飲みづらくなるじゃない!!」
口の中身を思わず噴き出しそうになるも無理矢理に飲み下し、グレースは親友をたしなめた。
勿論、ヴェリナード城近くのティースタンドで買い求めたマンゴージュースにトッピングされていたのは、けしてジャムリバハ砂漠の天日で干したスライムなどではなく、サツマイモのでんぷんから作られたフングイと呼ばれるスイーツである。
「だいたい、いつも言ってるけど、発言に気をつけて」
続く叱責は、め~たにしか聞こえぬようボリュームを抑えた。
まだ視界の縁にヴェリナード城の警備兵もおさまる距離なのだ。
せっかく女王陛下との謁見を乗り越えたというのに、今更ボロを見せて捕まっては台無しである。
「はいはい、でも貴女は心配しすぎなのよ。現に、大丈夫だったわけだし」
「まぁ……それはそうだけど」
良くも悪くも、いつも通りにめ~たはけろりとしていて、グレースの神経を逆撫でる。
め~たとは対照的に、グレースは今日の出来事を思い出すだけで寿命が縮む。
なにせ、2人が女王ディオーレの御前に跪いていたのはまだほんの30分ほど前の話、下手に話題に上がったものだから、グレースの意識は瞬く間に地獄のようなひとときへと引き戻されるのであった。
「……それにしても、何の用なのかしら?」
回廊に敷かれた赤絨毯を踏みしめ、城内の意匠をあれやこれやと眺めまわしたりと、何ともお気楽な様子のめ~たにグレースは目眩を覚える。
「いい?とにかく、何を聞かれてもニコニコしてなさい。女王陛下との会話は全部私に任せて、挨拶以外は絶対に、絶対に、絶対に口を開かないで!」
コンシェルジュを勤めるグレースのもとに届いたのは、ヴェリナード城への招聘の手紙であった。
しかもそこには、何故だか一介の冒険者であるめ~たを連れてくるようにとあったのだ。
グレースもめ~たもヴェリナード王家に縁もゆかりもある訳が無く、それでもセットで呼び出される用件の心当たりとなると一つしかない。
すなわち……め~たの正体がバレたのではないか、ということである。
気持ちを落ち着けるなど出来るべくもないままに、女王の間の扉が開かれた。
好々爺を絵に描いたような佇まいのメルー公が、衛兵に任せず御自らめ~たとグレースを招き入れる。
最大限の歓待の証であるが、メルー公がかつては魔法戦士団にかの者ありと謳われた武人であることを知るグレースには、まったくもって逆効果である。
ますますこの一席が断罪の場であるとの誤解を深めたところ、はたと思考が立ち止まる。
何も知らない。
先程まで、抑えの効かない子どものようだっため~たは、女王の間に入るや否や、グレースも顔負けに礼儀正しく振る舞い、女王の前に傅くではないか。
一体いつ、何処で礼儀作法を身に着けたのか、そも、どうして五大陸へとやって来たのか……
グレースはめ~たのこれまでを、何も知らない。
でも、出会ってからの彼女を知っている。
クエストで日銭を稼ぎ、暇な時には辛味をもとめて料理屋を渡り歩く。
そんなささやかな友の日常は、ただ彼女が魔族であるという理由で奪われてよいものではないはずだ。
決意を新たに、グレースはめ~たに続き女王陛下に向かうのであった。
続く