「……かの海底離宮侵攻への参画、そして先日は領内に出現した大型の魔物を討伐したのがそなただときいた。我が誇る魔法戦士団にも手の及ばぬ時がある。今後もよろしく頼む」
女王ディオーレはかつて公務で姿を見かけた際と同じく毅然と凛々しい表情で、その腹の底はまったく伺いしれなかった。
「はっ、恐れ多いお言葉……今後も精進いたします」和やかな歓談で始まるもそれはきっと表面上だけの話で、続くはきっとめ~たの正体についての言及、そして、魔族と知りながらこれまで関わりを持ってきたことを責められる。
そうに決まっている。
目の色は昨晩朝までパジャマパーティーで充血、角はおしゃれストリートの最新トレンドアクセサリー、肌の色は……プクリポたちの悪戯でペンキを被ったことにでも……
しかし、グレースが想定問答をぐるぐるとシミュレーションしているうちに、呆気なく謁見は終わりを迎える。
平静を装い、無礼な態度とならぬよう細心の注意を払いつつも、何処か逃げ出すように早足でグレースはめ~たの手を引きヴェリナード城を抜けた。
市外に出てすぐ目に飛び込んできたドリンクスタンドは、恐怖と緊張でカラカラになった喉を潤し、ついでに小腹を満たすにちょうど良かったというわけである。
グレースがジュースを飲み干し、ようやく人心地ついた頃、女王はバルコニーへと続くシェルブリッジを静かに歩んでいた。
「……よろしかったので?」
半歩後ろに付き従いながら、メルー公は答えの分かりきった言葉を女王に投げかける。
「良いも悪いもあるものか。彼の者はヴェリナードの領民を危機から救った。それが全てである」
「……で、ありますな。まこと、まことに」
度々ヴェリナードの窮地を、いや、このアストルティアを救ってくれたオーガの少年が、新たな大魔王となったことをアンルシア姫から聞かされた時には度肝を抜かれたものだが、驚きは一瞬、むしろそれでストンと腑に落ちた。
海底離宮侵攻作戦の最大の功労者、ギブの手腕と人脈を疑う訳では無いが、レヴィヤット号をはじめヴェリナードの国家機密を明かす以上、作戦の前後に渡り、魔法戦士団は作戦参加者の身元を洗っている。
魔法戦士団諜報部も節穴ではない。
め~たに魔族の疑いありという話は、ディオーレのもとへも届いた。
「ここに集ったは1人として違わず、皆、同じ炎を心に宿す冒険者、か」
ディオーレはバルコニーからどこまでも続く蒼天を見上げ、最終報告にあった言葉をひとりごつ。
此度、魔族であることを咎めるためでなく、それでもめ~たとグレースを呼んだ理由。
そこに種族の垣根無く、魔族が同じアストルティアの民として共に歩む姿を、直に見てみたかったのだ。
真意を明かさぬことでグレースなる冒険者には幾分か心労をかけたかと思うが、かと言ってめ~たが魔族であると知っていると伝えた場合、それはそれで胃にぽっかり大穴があいたことだろう。
「……ふふ、少々すまぬことをしたな」
眼下に広がるヴェリナードの街並、豆粒ほどなれど、往来を走るめ~たと、それを追いかけるグレースの姿が見える。
喧嘩の種は十中八九今日の謁見であろう。
佳景なるヴェリナードを吹き抜けバルコニーまで至る風は、仲良く喧嘩する2人の様子をにこやかに見守る街の活気をはらんで、いつもより幾分か暖かい。
ディオーレとメルーはそっと瞳を閉じて新たな時代の訪れを告げるその風に身を委ね、柔らかな笑みを浮かべるのであった。
~完 しかし冒険は続く~