「……こんなところでしょうかね」
一喝で気絶させたまいまいテイルたちの頬袋から、少し胸を痛めつつもヒッサァはカチコチくるみを拝借した。
肩に担いだ少し大きめの麻袋はそろそろ満杯だ。
一見、非人道的なカチコチくるみの採取法であるが、これにはちゃんとやむにやまれぬ事情もある。
ここ、メルサンディ穀倉帯に位置するメルサンディ村とメルン水車郷には常駐の冒険者がいない。
まいまいテイルのような小型のモンスターすら追い払うに難儀するし、彼らが足繁くメルサンディ村へ現れるようになってしまえば、臭いを辿りオークキングなどの強力なモンスターまで釣られる可能性がある。
よって、あくまで水車小屋ないしはメルサンディ村に近付いてきたまいまいテイルに限定し、こうして痛い目に遭ってもらうことで、互いの生活圏を区分けしようという目論見である。
また、くるみの旬は長月の終わりから霜月にかけて、今このタイミングであれば、まいまいテイルたちが再び冬に備えて森で蓄えをつくる余裕もある。
やがて意識を取り戻すまで他のモンスターに襲われぬようまいまいテイルたちを見守り、目覚めたところで睨みをきかせ、あらためて冒険者に対する警戒心と恐怖心を植え付けたのち、メルサンディ村へと帰還するヒッサァなのであった。
「こう、かしら……」
著名な童話作家パンパニーニの孫娘であるアイリは、ヒッサァに教わるままに固定したカチコチくるみの殻の合わせ目にノミをあてがい、小ぶりな木槌でこんこんと叩く。
「わぁ、上手く割れたわ!!」
「そうそう、お上手です」
メルサンディ村の酒場には老若男女問わず村人が詰めかけ、ヒッサァのもたらした森の恵みを無駄にすまいと下拵えに勤しんでいる。
「私もあの方のように手早く出来れば良いのですが……」
アイリが憧れの眼差しで見つめる先へ、ヒッサァはすり鉢で胡麻を擦りながら達観した瞳を向ける。
「ふん!はッ!噴!発!!憤!覇ッ!!さぁさぁ、じゃんじゃん持っておいでや~~!」
そこには、軽やかにフィンガースナップを繰り返す如く、造作もなく人差し指と親指の力だけでカチコチくるみを次々と粉砕するプクリポのおばちゃんの姿があった。
そんな芸当は、ヒッサァですら不可能である。
「……いやぁ……アイリさんはありのままで良いと思いますよ」
若い身空で、人間を辞めることもあるまい。
最初こそ、その理不尽な光景に目玉が飛び出したヒッサァだが、まぁそのなんだ、世界は広いということで、無理矢理目の前の現実を飲み込んだ。
しかしあらためて考えるに、何を一体どう鍛えたら、あんな芸当ができるようになるのだろう。
ヒッサァは己の筋骨隆々な腕と、プクリポのか細い腕を見比べる。
「……ヒッサァさん?大丈夫ですか?ヒッサァさ~ん?」
ゴリゴリと規則正しいすりこぎの音に誘われて、アイリに声をかけられるまで延々と思考のるつぼに陥るヒッサァなのであった。
続く