超高速胡桃割りおばちゃんことピッピンコがメルサンディ村を訪れた理由は勿論、カチコチくるみを割る為ではない。
「みんな、お手伝いおおきに!ちょ~っと持っとってなぁ!!」
例年はそのままレンドアへ運び、エスコーダ商会に買い取ってもらっているカチコチくるみであるが、せっかくであれば皆で味わえないものかとヒッサァが酒場で相談したところ、白羽の矢が立ったのがピッピンコであった。
殻から取り出した胡桃は鍋で茹で、アクを取り除いてから胡麻と同じようにスリ鉢でペースト状に変える。2つを混ぜ合わせ、そこに持参した鰹節と味噌を加えて、更によく混ぜる。
味醂で甘さを整えれば、ごまくるみダレのベースは完成である。
あとは各自、好みの濃さに合わせて、干し椎茸の戻し水で薄めれば良い。
「さぁさぁ皆さん、茹で上がりましたよ~!!!」
ピッピンコ特製のタレに合わせるは、ヒッサァの姿が隠れる程、馬鹿でかい大皿に山と積まれた蕎麦である。
蕎麦粉はヒッサァがランガーオ山地の麓に住む部族から交易で得たものを持参した。
そのまま十割でも良かったが、ここはメルサンディ、蕎麦粉につなぎとして名産の小麦粉をブレンドし、その分量にちなんだ二八蕎麦と仕上げた。
「慌てないで慌てないで。沢山ありますからねぇ」
アイリの助けも借りて配り終えると、ヒッサァも村人らとともに酒場の卓を囲み、蕎麦を手繰るとする。
「うん、うん、何とも贅沢な味ですねぇ」
一般に食事の音を立てるはマナー違反と言われるが、蕎麦は例外と、しっかりはるかレンダーシアにも文化は広がっている。
ズッと一口、噛み切らず一息に頬張れば、たちまち胡桃と胡麻のパンチある甘みが広がり、そこから噛み締める程に蕎麦と小麦の風味が負けじと香り立つ。
大地のめぐみを口一杯に感じているところ、不意に酒場の外から香ばしい匂いが雪崩込む。
「さぁさ、こっちもた~んとおあがりよ~」
ごまくるみダレを使ったごちそうは、もう一品あるのだ。
ぎっしりと居並ぶは赤銅色に輝くピラミッド。
餅米と半々に混ぜて炊いたエルトナ豊穣の米を握り、ごまくるみダレのベースに更に味噌を加えたものを両面しっかり塗って、炭火でこんがり仕上げた焼きおにぎりだ。
「アイリちゃん、おおきになぁ。あ~、染みるわ~」秋の夕暮れ時とはいえど、炭の番にはまだ蒸し暑い。差し入れのキンとよく冷えた麦茶は、ピッピンコの火照った身体にすうっと染み渡る。
小腹満たしと味見を兼ねて、ピッピンコは丹精込めて育てた焼きおにぎりの一つを取って頬張る。
ツスクルに伝わる御幣餅に通ずる何故だか懐かしい味噌の甘辛味、餅米を混ぜ込んだことできりたんぽのような食感と食べごたえも堪らない。
味噌が重なり、僅かに焦げてしまった部分の苦味すら、程良いアクセントとして調和している。
「んん、んん、良い塩梅やぁ。アイリちゃんもたんと食べるんやでぇ」
麦茶のお礼とばかりに、アイリが目を白黒させるほど、ひょいひょいと空になっていた蕎麦の皿に焼きおにぎりを積んでテーブルへ送り出す。
なぁに、村中総出でこの熱気、残るどころか足りないまであるだろう。
「よっしゃ、エンジンかかってきたで!お蕎麦もいただこか~」
村の夫人たちによる、キビの色合い鮮やかなお月見団子も待っているが、デザートにはまだ早い。
林檎のタイザーにエール、麦酒の蓄えも充分だ。
夕焼け空に夜を待ちきれず顔を覗かせた月がとっぷりと真上に上がるまで、メルサンディ村の宴は賑やかに続いたのであった。
~完~