◇◇◇以降、DQ6のネタバレを含みます。予めご了承ください◇◇◇
「ふぅ」
逆手から持ちかえて、ブンと一振り血を払う。
それでもまとわりつく分を払い紙で拭き取り、鞘に収める。
「なぁんだ、既に持ってたんじゃない。強欲は身を滅ぼすってね」
いつの間に手に入れたのやら、イズミは小さな金細工を目線の高さに持ち上げた。
立派なたてがみを蓄えた馬の頭部の意匠、首から下は頭足類のように奇っ怪に捻れている。
直前にカギという言葉を聞かされていたからでなく、適合する鍵穴の創造もつかない奇怪な形状ながら、これは『鍵』であると本能が頷かさせられる何かがあった。
「ん~……これは……どっちかな?」
呟いてはみるも、その判断がつかぬことはイズミが一番よくしっている。
さてどうしたものか、いっそ試しに使ってしまおうかと迷ったところ、勢い良くビーチ裏の林から一団が駆け抜けてきた。
「もし……不躾な相談を、お許し下さい。その『天馬の鍵』を、譲っては、頂けませんか?」
リーダー、というわけではなかろうが、蚕の糸のように細く流麗な金髪を束ねた美女が交渉の口火を切る。その後ろに控えるは、パイナップルヘアーにステテコパンツと夏の蒸し暑さを押し固めたような偉丈夫に、流星の尾のごとく青髪を逆立て、スラリと長い剣を背負う青年。
その気になれば実力行使で奪いされよう、実直に交渉から入るところからしても真っ当な冒険者だと心が置ける。
「ん~……見ての通り、結構苦労して手に入れたんだな、これが。さて、どうしようか?」
ユクの方を振り返ったのは、事が予定通り、いやそれ以上に順調に運んでいるあまり、顔がにやけてしまうのを3人から隠すためであった。
しかしユクはと言えば、幸か不幸か、骨を抜かれてしまいそうなほど凄惨な、今日一番のイズミの微笑を見逃してしまう。
イズミが人差し指と親指のそれぞれさきっちょだけ、出来る限り触れる面積が小さくなるように摘みあげているその鍵が、果たして、タイガークローの僅かな布面積のうち、何処から取り出されたものなのか。
そんな詮無きことで、頭が一杯になっていたのであった。
ミレーユにハッサン、そしてレック。
3人はこの島の祠から天馬の鍵を盗んだタイガークローを追っており、まず、浜辺で暴れる前に捕まえられなかった不手際を詫びた。
しかしそれにしても謎が残るのは、タイガークローは鍵を既に所持していながら、何故鍵を探していたのかという点である。
ユクがその疑問を口にするよりも早く、ミレーユはイズミが持つ鍵と瓜二つのものを懐から取り出す。
「『天馬の鍵』は2つあるのです。1つは夢の世界への扉を開く鍵。そして……」
「夢から現実の世界への扉を開く鍵ってわけね」
イズミの審美眼をもってしても2つの鍵は全く区別がつかないが、ミレーユの持つ鍵は夢の世界から来たものであり、それ故、夢占いを生業とする彼女には肌触りで分かるらしい。
「なるほどなるほど。さて……お譲りするのはやぶさかではないけれど」
さり気なくイズミは天馬の鍵をユクに良く見えるようくるくると指先で転がした。
そこでユクはようやく察する。
インパスの異能でもってカナリアの役目を果たすタイミングが、ようようやってきたというわけだ。
そうしてユクの様子から『赤』は見えなかったのだと察し、イズミは目線をミレーユに戻す。
「この鍵に関しては面白い話を聞いてるんだよねぇ。なんでも、夢の世界にはとんでもない財宝が眠っているとか?タイガークローもそれが目的だったんじゃぁないのかな?」
腹の探り合いをするつもりはない。
目的を明かさぬならばこれまでだとばかりに、イズミは鍵をキュッと拳にくるむのであった。
~続く~