「うぬぬ……」
漆塗りの大きな桐箱を前に、一向にまとまらぬ思案に囚われ唸りを上げる1人の剣士の姿があった。
オーガの胴程はあろうかという六角形の大きな箱には、全体に渡り花鳥風月の蒔絵が施され、どんな間抜けでもそれがとてつもなく高価だと一目でわかる。
「……あの~……お求めになります?」
モデルの仕事は不定期なもの、暇を活かしてリーネのアクセサリー屋の手伝いに来ていたじにーは、かれこれ1週間お馴染みの光景に終止符を打たんと声をかけた。
「あっ!?いや、これはその……むぅ……邪魔をした。また来る」
「……ありがとやっした~」
心なし、普段より縮んで見えるその背中が見えなくなるまで見送って、扉を閉じる。
「かげろうさん、だよなぁ?」
何処をどう見てもそうなのだが、すわ別人かと疑ってしまうほどにいつもの覇気が無い。
「はっは~ん、いよいよ年貢の納め時ってかんじ?」「はん?」
店主の何処か悪戯な呟きに、じにーは首を傾げる。
「それ、『貝桶』っていってね、エルトナ大陸の武家のあいだでは、婚儀の証しの品だったりするわけなのよ」
お重のような三段重ね、赤い組紐の封を解き蓋を持ち上げるとその内には、各段、きっちりと桔梗紫の座布団が敷かれ、閉じ合わされた大蛤の貝殻が厳かに並ぶ。
一つを恭しく手に取って開けば、左右対を成し、かつてのカミハルムイ城の一風景が、ふんだんに金箔を用い極彩色で描かれていた。
「ほほう…」
「ちなみにお値段はゴニョゴニョ…」
「はぁ!!!?」
リーネから耳打ちを受けて、思わず素頓狂な声がまろび出る。
それは、エルトナに居並ぶ立派な武家屋敷が軽く2つ3つは買えるお値段であった。
途端、貝桶からは後光が差し、貝殻のうちの絵柄はより眩しく輝いて見えるものだから、我ながら単純である。
して、途方もない金額ではあれど、かげろうならば即金でお求めになれそうなものだ。
送る相手に見当もつく。
件の友人といえば、口を開けばかげろうに対しやれ酒癖が悪いだの、節操がないだの、罵詈雑言のオンパレードではあるが、それも全ていわゆる裏返しというやつなのは周知の事実。
だからまあその、直近一ヶ月くらい酒を控えた上であれば、上手くいくんではないかと思う。
「……んん……でもな~んか違うんだよなぁ」
それならそれで喜ばしい話ではある。
しかしながら、かげろうの様子からどうにもリーネが思うような話ではないように感じ、やはり首を傾げるじにーなのであった。
続く