レオナルドの冒険日誌

明けて翌日。
「……っと」
今日も今日とてアクセサリー屋に向かうじにーは、往来にふらふらと所在なさげに歩くかげろうの後ろ姿を見つけて、咄嗟に物陰に隠れた。
普通に挨拶すればよいのだが、昨日のひっかかりが斯様な行動を取らせたのである。

じにーも一端の冒険者とはいえ、万全なかげろうであればどんな遠距離からでも自分に向けられた視線に気付かぬ筈はない。
至近距離での尾行がこうもあっさりと成立してしまうことに、じにーは疑念を色濃くする。
何としても、かげろうの心神喪失の理由を突き止めねばならない。

まずは花屋。
サザンカやロベリア、カリブラコアなどの品種に目を向けているようだ。
やがて店員に声をかけ、花束にするように願い出る……かのように見えたが、その足取りはぐるぐると８の字を描いて、そのまま店を出てしまう。

お次は階段を登り酒場へと。
カウンターに腰掛けたかげろうからは距離があり、背を向けて座れる席から様子をうかがう。
「……あちらの席と同じものを」
「かしこまりました」
やがてじにーのもとへ運ばれてきたのは、太陽の色に似たカクテルであった。

シンプルにハーブの香り豊かなカンパリとグレープフルーツの果汁を混ぜたもので、いなりの家でかげろうの為に常備されている如何にもな酒類とはまるで毛色が違う。
やはりと言うべきか好みではないようで、ちびちびと舐めるようにやっと飲み干したのち、これは違うとぶつぶつ呟きながら酒場を後にする。

そんな感じでヴェリナード中の店という店を回り尽くした後、意を決したようにかげろうはアクセサリー屋の扉を開いた。
ほとんど丸一日を費やした尾行の果て、じにーはようよう核心に迫り、大慌てでかげろうの後を追う。

「ストップ！スト～ップ！！」
店内ではまさにかげろうが貝桶を買い求めようとしており、営業スマイルを崩さないままにリーネから『邪魔すんな』と圧が飛ぶ。
しかし、すっかり瞳がゴールドと化しているリーネに後で恨み言をつらつら積み重ねられようとも、確認しておかねばならないことがあるのだ。

「間違ってたらすみませんだけど！それ、誕プレには重すぎ！！！」
「なっ！？何故知っている！？」
「へ？誕生日プレゼント…？プロポーズは？」
花屋で見ていた花も、酒場で給されたカンパリグレープフルーツマティーニも、そしてその他諸々全てが、いなりの誕生日にちなんだものであったのだ。

「……え～っと、つまり、前回これぞと思って誕生日プレゼントを選んだら、オスシちゃん達とモロ被りして渡せなかったと」
「で、今年こそと意気込んだものの、どれもこれも相応しくないように思えて、決め切れないまま今に至ると」
アクセサリー屋の奥の事務スペースにて、事情聴取はそのまま緊急作戦会議になだれ込んだ。
何せ、今日がまさにいなりの誕生日当日なのである。
「それならそうと、最初から相談してくれれば良かったのに」
一度手に入れかけた大金が諦められないのだろう。
ミンクのコート、はかいのてっきゅう、メタルキングのベストに、きせきのしずくと、リーネは次から次へ高額商品をずらり並べていく。

「こらこらこら……」
コンと強めにチョップを入れて、ようやく正気に引き戻す。
「う～ん、とはいえ何が良いか……そうだリーネ、一つ相談なんだけどさ」
本来であれば、外野が口を挟むことではないが、じにーとしても親友の誕生祝に一役買いたいのである。
それはけして、うっかり忘れていたことに対する罪滅ぼしではない。

「もうかげろうさん買うつもりだったんだし、いずれは必要になるだろうということで、前借りってか、バラ売りオッケーにしてくんない？」
リーネの答えを聞く前からじにーは貝桶を紐解き、昨晩、せっかくだからとリーネと貝覆いに興じた際に強く心に残った一つを探す。

「お、あったあった！」
「あ～、なるほどね！！」
ぱかっと開けばそこには、非常に狭いキャンバスの中、川に浮かぶ幾隻もの舟を足場に、斬り結ぶ２人の女剣士が描かれていた。

「む？これは……良いな」
思わず、ほぅと吐息が漏れる。
じにーも見守った、ダンノーラでの御前試合。
いなりとかげろうが初めて刃を交えたその光景を思わせるこの絵柄は、桶の中で眠らせておくよりも、いち早く２人の手元に在った方が良い。

飾るもよし、貝殻を一枚ずつ互いに持つもよし、いずれにせよ、宝物になるはずだ。
かくしてようやく、いつも通りの凛としたかげろうの背中を見送るじにーとリーネなのであった。
　　　　　　　　　　　　　　　～Happy Birthday～