「おお、お客さん買い物上手。わたし、まいってしまいます」
大袈裟によよよと目眩を起こしたようによろけながら店主の差し出したそろばんを見て、少年は眉間にシワを寄せた。
肩に座る妖精、マユミの耳打ちに従うまでもなく、ハクトは首を横に振る。
「おお、これ以上まけると、わたし大損します!でも、あなた友達!」
正直、他に売れる宛のあるはずも無い。
パチパチと手早くそろばんの音が響き、なんと先の半値が提示される。
……しかしまぁ、なお高い。
「おお、あなたひどい人!わたしに首つれと言いますか?わかりました……」
なげきムーンを顔に貼り付けた商人の提示額に無慈悲に再度首を横に振り、その果てにようやくマユミのゴーサインは下されたのであった。
大きな白い包みを担いで歩くハクトを、すれ違う人々は一様に可哀想な目で見つめた。
それも無理ない話、アッサラーム商法などという悪名が立つほどに、この街はぼったくり商店しか存在しないのである。
「いやぁ、良い買い物できたわ~」
マユミという名アドバイザーの支えあって、ぼったくられるどころか、まさか適正価格の半値以下で取引を果たしたなどと、傍から見ては分かりようはずもない。
「あ、そこ左!で、正面の階段を下って……」
アッサラームで続いて訪れるは、とある場末のレストラン。
今回のハクトのお手伝いに対する報酬である。
この地はドワチャッカの内陸に位置しながらも入り江が近い物流の要衝、悪名はともかくとして、それが数多くの商店が軒を連ねる所以ともなっている。
当然、新鮮な海の幸もまた集う。
今日のおまかせを注文すると、まるでサシたっぷりの牛肉と見紛う切り身の盛られた丼が運ばれてきた。
クマヤンと何度も訪れている馴染みの店という話に嘘偽りなく、ちゃんとマユミには妖精の身長に合わせて同じ刺身がお寿司スタイルで給される。
米粒の1つをシャリ1握りに見立てて調理されたそれは、もはや芸術の域にある職人芸である。
「「ん~っ、甘っ!!」」
入荷時の鮮度が抜群だからこそ味わえる、マグロの頭肉。
そのものズバリ、マグロの脳天にあたる部分の肉で、勿論一匹から少量しか採れないそれを、厚めにスライスしてさっと表面を炙る。
さすれば赤身のしっかりとした肉質のままに大トロの爆弾的な旨味をはらんだ最高の刺身に仕上がるという訳である。
「ところで、クマヤンさんへの贈り物ということは、この兜も当然……」
ハクトは傍らの包みに目を向ける。
「そ、バッチリ呪いの防具だよ~」
珍しくマユミがクマヤンを帯同していない理由がそれである。
今日の目的はバースデープレゼントの購入、そして誕生日祝いの品であろうと、相手はクマヤンなのだ。
プレゼントが呪われていようと不思議はない、いやむしろ呪われていてなんぼですらある。
「この『ふこうのかぶと』には、ちょっとばかし面白い与太話もあってねぇ」
マユミの話によれば、この兜は禍々しい模様がびっしりと刻まれているものの、側頭部の角飾りに後頭部の尾のような飾り、そして全体的なフォルムが、とある伝説の防具に酷似しているらしい。
しかしながら、後の世に実際はまるで無関係であることが立証されてしまったわけだが、それでもなお、似ている理由の考証は妖精の国において未だにポピュラーな話題なのである。
「『ロト』、ですか?」
本能的に何か神々しくすら感じる響きであるが、その言葉が示すが何たるかを、ハクトは知らない。
「ああそっか……アストルティアでは、伝承が途絶えちゃってたっけ」
ロトの勇者の伝説は昔、そう、あまりにも遠い遠い遥か昔の物語なのだ。
寿司の一つを頬張りながら、マユミは少しばかり切なく思う。
クマヤンのように、妖精族と関わりあるごく一部の冒険者しかその名を知らずとも無理は無い。
しかし、マユミを通してクマヤンに伝わり、そして今まさにハクトもその名を知った。
「よ~し、酒場に帰る道すがら、みっちり聞かせてあげようじゃないの!」
それは僅かな灯であれ、確かに、この先の世にも、物語は引き継がれていく。
嘆く必要など、何もないのだ。
蒼天の下、ミチミチにマグロが詰まったお腹を抱えて、マユミがハクトに語り始めるは、大いなるドラゴンクエスト、その始まりの物語……
~Happy Birthday~