初めて「じーちゃん」に会ったのはじーちゃんがレベル70超え、私はまだ駆け出し20台の頃だった
じーちゃんは私からだと義父にあたるのだが私の両親より20は上だったし私の実の祖父との方が年が近かったのでやっぱり私からすれば「義父」よりも「じーちゃん」だった
じーちゃんは昭和一桁生まれの昭和のイケメンだった
私が妊娠中に祖父の葬儀があって代わりにじーちゃんが参列した時にうちの親戚のばーさま達が あの男前は誰!? と話題になっていたらしい(母から聞いた話)
その話をじーちゃんにしたら 「俺もまだまだいけるか?」 とタバコをくわえながらニヤリとした、ダンディだ
じーちゃんはよく食べる人で入れ歯にもかかわらずステーキ200gくらいペロリと平らげていた
マグロの中トロもハマチも大好きで寿司もよく食べていた
散歩も好きで嫁ぎたての頃はよく一緒に散歩もしてそのうち孫とも小さい内はよく近所を歩いていたものだ
70台の頃は病気の影もなかったじーちゃんだったが80過ぎあたりから健康に陰りが見え始めた
健康診断にひかかった再検査で医者に腎臓病と診断された
半年前はひっかかりもしなかったのに
数値がこれ以上下がったら透析になると担当医から言われた
じーちゃんの生活が一変した
今の数値をこれ以上下げないために投薬治療と食事療法を開始した
食事の担当は私になるが栄養士からの説明を聞いてその難易度の高さに愕然とした
細かいことは省略するが端的に言うとタンパク質を制限する、でもカロリーはちゃんととってねということ
高タンパク低カロリーは正義みたいな風潮があるけどその真逆の理論は想像以上に難しいと後々思い知った
しかも塩分制限もあり一日5g以下、なんなら味付けなしでレモン汁がお酢をかけただけが望ましいとまで担当医に言われた
腎臓病用の料理本がないかと探してみたが糖尿病はたくさんあるのに腎臓病がまったくなかったのでネットで取り寄せた、便利な時代だ
じーちゃんは糖尿病ではない、加齢からくる腎臓病だそうだ
じーちゃんは割りと濃い味が好きで私が嫁いでしばらくは 味が薄い と言っていたがだんだん薄味になれてもらっていた。でもやっぱり蓄積ダメージはあったんだろう、若いうちから体は労わってあげた方がいい
じーちゃんの食事は一気に味気ないものになってしまった
できるだけおいしいものを食べて欲しくて頑張ったけどやはり限界はある。改めて調味料のありがたさを思い知った
数ヶ月投薬と食事療法で頑張ったけどやっぱり腎臓に限界がきてじーちゃんは透析治療になった