思えば遠くまで来たものだ。
まさか魔族の本拠地である魔界を旅することになるとは・・・
魔瘴が蔓延する不浄の地で、私は懐かしい再開をした。
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「よぉ!俺だよ!俺!まさかこんな所で会えるとはな!」
彼は、いや私は相も変わらず彼の名前を知らない。
しかし彼が一人息子の病を治すために、氷の領界でエラスモサウルスと
死闘を繰り広げたのを、つい昨日のように覚えている。
いやそんな事より、なぜ彼が魔界に?
「いやなに、倅も一人立ちしてよ。」
「悠々と釣りをしながら余生を過ごしてたら、光の河に落ちちまってさ。」
「まぁしょうがねぇやと、ここに居着いているんだ。」
ごく稀にアストルティアから魔界へ迷い込む者もいるらしいが、その類のようだ。
それにしても、釣竿を担いでいるということは、何か大物でも狙うつもりなのか?
私は訪ねてみた。
「出るらしいんだ。人喰いワニが。」
「近くの駐屯所の兵士さんらが困ってるからよ、俺が成敗してやろうと・・・」
彼が言い切る前に、私は猛烈に反対した。
アストルティアに仇成す魔族の手助けなどとんでもない、と。
「おいおい、そう怒るなよ。」
「あんたは母ちゃんに、困ってる人は助けてあげなさいって
教わんなかったのかい?」
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・・・
複雑な心境ではあるが、私は彼の釣りを見届けることにした。
正直、人を喰らうという巨大ワニには少し興味があったのだ。
大食漢なのだろう。ワニはすぐにかかった。
エラスモサウルスやシーラカンスと比べると、肩透かしだった。
彼なら簡単に釣り上げるだろうと、顔に目をやると表情は強張っていた。
「こっこいつぁ・・・俺の想像よりでかい!」
「それに凄まじいパワーだ!首長竜にも引けをとらんぞ!」
巨大ワニとの激闘は長時間に及んだ!
粘りの持久戦、闘いは最早泥沼と化していた。
しかし突如巨大ワニが勝負に出た!
口を大きく、大きく開いたのだ!
「なんちゅう口のデカさだ!俺っち位なら丸飲みにされちまうぜ・・・」
このままでは川に引きずり込まれて、食べられてしまう!
竿をゆるめ、攻撃をいなすべきだと提案した。
「バカ野郎!もう3回ゆるめちまったからダメなんだよ!くっ・・・」
よく分からないが、めずらしく焦燥し声を荒らげる。
「こうなりゃ勝負に乗ってやらぁ!」
「俺が食われるか、お前が釣り上げられるかだぁ!」
彼が渾身の力を釣竿に込めると、釣竿が光輝いた!
ルアーではなく、釣竿が光るとは・・・!
するとくいつき度が一気に回復していくではないか!
巨大ワニの痛恨の噛みつきは致命傷にはなり得なかった。
「へへっ!異界滅神が何だ!創世の女神が何だ!」
「俺には釣りの神がついているんだ!!」
疲れ果てたワニには、もう成す術が無かった。
彼が全力で引くと、獰猛なその姿が露となった。
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実に12メートルを誇る巨体。蛮勇で知られるバルディスタ兵を、
何人もなぎ倒して来た証左であろう。
「強敵だった・・・」
「こいつは然るべき方法で保管してやるぜ。」
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その後、彼は件の駐屯所へ事の顛末を報告しに行った。
打ち解け会うプクリポと魔族達。
表情の硬い彼も、心なしか顔が綻んで見えた。
魔界とアストルティアの和解。
誰しもが不可能だと思うだろう。
私だってそう思っていた。
だがこの光景を見て、考えを改めなければいけないようだ。
魔界の辺境の駐屯所。
ここは今、正にこの世で一番平和な地となったのだ。