DQX及び蒼天のソウラの二次創作。
独自解釈等有りますのでご注意ください。
◆◆49話 クッキングデイ◆◆
激闘の日々が始まった。
剣を抜くことはなく、攻撃呪文を唱える事もない。ただ誇りだけがその存在を賭け続ける。
これはそんな戦場、もとい船上の日々。
「ひぃ!? また来たのかい姉ちゃん兄ちゃん!!」
「いやあ。プロの仕事場に何度も申し訳ないっ。そこは重々承知してる! してるんですがね、だからこそここにある道具が必要なんですよコック長!」
塔の如くそびえる真っ白な帽子を被ったプクリポに頭を下げるのはアマセ。
本日ここに来るのは三度目だ。
「相手は幽霊だからねぇ。手品みたいに急に取り出した特別な包丁使っちゃったりぃ。仕入れの予測が出来ないから、ごめんねっ!」
しゃがみこんで視線を合わせてイズナも可愛く謝ってくる。
「最初に話を聞いた時は、まさかこんな大事になるとは思わなかったってもんだよ」
はーやれやれっと小さな体で大きなリアクションをとるコック長。
「やー、ほんとすいませんね。でも、これも、もがっ」
立て板に水の如きアマセの言葉がほくほくに茹で上げられたブロッコリーで封じられる。
(あ、シンプルにうまい)
「皆まで言うんじゃなねぇよ。素材を生かすために必死になる料理人の気持ちは知ってる。とはいえ、こっちも使うんだ。夕方には返しに来いよ」
「ありがとー♪ よぅしアマっち戻ろー!」
「おう、試作9号にこれで取り掛かれるな!」
イズナとアマセはすっかり交渉担当として、船内を縦横無尽に駆け巡る。
「来るっ」
海風が肌を撫でる甲板で、背筋正しく胡坐をかいて瞑想していたヨナの瞳が、麦わら帽子の陰の中でカッと開く。
いつ立ち上がったのかと目を疑うほどの俊敏さで、大海へと糸を垂らした釣竿を掴み取ると同時に、ぐんと竿の先が下を向き、釣り糸がピンと張り詰める。
ドワーフ女性の小柄な体型ではそのまま引き込まれないかと心配になる強力な竿のしなりが海中に潜む魚が大物だと示している。
「なかなかやるじゃないか。どうやらこいつで記録更新だよユルール!」
最小限の動きで足元の踏ん張りを調整しながら、時に抗い時に従う。
拳を交える様に攻守を入れ替えながら、獲物の体力と判断力を削っていく。
真剣勝負に知らず笑みがこぼれるヨナの横顔にユルールの手にも力がこもる。
「ヨナが相手を見誤るって事はないだろうし…こっちももっと大物を狙わないと!」
自分の中の男の子が燃え上がる。
単純明快どちらが大物を釣れるか!
釣り師範ナツリがここにいないのを悔やみそうなマグロ調達班の激闘に、いつの間にか観客達が集まっていた。
持ち込まれたテーブルの上にはさまざまに調理器具が並んでいる。
元々の荷物はスペースを開けるためにと冒険者達の私室へと押し込められ、床も壁もピカピカに磨かれている。
見違えるほどに整理整頓されたその場所で、幽霊は試行錯誤を繰り返す。
いや、正しくは在りし日の努力と研鑽を再演しているのだ。
「なるほど…餡子に混ぜるのか」
『そうだエルトナ産の小豆を丁寧にこしあんにして…そうだ。こうやってこうやってえぇ!』
その傍らに控えてディオニシアが辛抱強く言葉を引き出していく。
ともすれば支離滅裂になりそうな死者の意識を、自らの言葉で支えるその姿は献身的だ。
実際の所、それは彼女の本質なのかもしれないとアイシスは感じていた。
ならば二人分の思いをこの手で込めてみせる。
調理ギルドでも見て覚える事は大切な手段だった。幽霊の動きを焼き付け、引き出された言葉を耳に叩き込み、諦めずに追い続ける狩人のように調理の足跡を追い続ける。
「試作11号…完成!」
エルトナではよく見かける菓子、生地で小豆餡をくるんだ饅頭を皿に乗せるとスウィ~ト達の手が伸びる。
ぱくり。もぐもぐ…んぐんぐ…。
「この大きさならマグロの歯触りも舌触りも悪くない。けど水分量が多すぎて餡をべちゃつかせてるなぁ」
「マグロの生っぽさを残しつつとなると、クリームより餡というのは間違いない。水分量をもっと見極めていけば、もちもち感も確立できるのではなかろうか?」
二人はがしがしと気づいた事をメモに残しながら、あれこれと感想を突き合わせている。
ちなみにリモに至っては先ほどまで、幽霊への声かけ、調理の協力と八面六臂の活躍ぶりだ。
「アイシス様。また新しい調理をいたすようです」
シアの声が聞こえて、慌てて視線をスウィ~ト達から外しながらふと頭の片隅に何かがよぎる。
あれ? 何か気を付けるんじゃなかっただろうか?
クッキングデイ三日目……アイシスの頭から魔族への警戒心は抜け落ちようとしていた。