バシルーラ。
魔力を込めた目的を指定の場所へ飛ばす移動魔法。
それを今は、老師が最後の手段として、ゼルドラド退却のために使用したのである。
老師(命を賭けるに値する・・・か)
もはや言葉も出ない。視界も見えない。魂は燃え尽きた。
だからこそ気づかなかったのだろう。
駆け付けた青年ユキが、【ユキだけが】、その光景に気づいていたことに・・・。
【現在】
言葉を話すまもの。
それはこの世界での存在はゼロではないが、種類をしぼるとなれば、その貴重さは唯一無二に近いものがある。
だからこそユキは驚愕していた。
故郷シエラに帰ってきていた彼は、言葉も出ずにその場に立ち尽くしていた。
「久しぶりじゃのう」
そこにいないはずのまものが、そこにはいたのだ。
ユキ「どうして、あなたが・・・、確か2年前に・・・」
驚きは隠せなかったが、聞かずにはいられなかった。
この光景の真実を。
そしてこの老師がなにかの仕業であれば。そう思い、剣を構える仕草にも入ってしまう。だが。
老師「以前より成長したようじゃの。ユキ。見るだけでもわかるわい。」
自分の名前を知っていた。自分の力を見抜いてくれた。
疑心のかたわら、2度と会えないと思っていた老師に会えた喜びも、隠せるものではなかった。
だがそれでも真実は知りたい。終わらない葛藤の中、再びユキは口を開く。
ユキ「教えてください!どうしてここに!」
老師「ちょいとユキよ、お前さんに用があったんでの。」
ユキ「俺に?」
シルファーには・・・?と言いかけて自分の馬鹿さ加減に気づく。
2年前、ユキは老師の死を目の当たりにした時、シルファーを呼びに戻ることはしなかった。
シルファーが起きたその日の夜には、彼女は老師がいないことにすぐ気付いたが、【俺達のような冒険者に出会い、育てる旅】という嘘の話をして、今日まで過ごしてきた。
ユキのことを信頼していたのか、信じやすい性格なのか。彼女もユキを疑うことはなかった。
大切な仲間を偽ることに罪悪感を抱いたものの、それでもシルファーを、この事実に向き合わせたくなかったのだ。
老師「ワシにはわかっとるよ。シルファーを護りたいという想い。そのために強くなりたいという想いも。」
ユキ「老師・・・」
シルファーの名前も覚えているようであり、ますます本物である期待が膨らむ。
そんなユキを背にして、老師は話を続ける。
老師「っと、そうじゃった。お前に用というのはな・・・、ふうむ。ちょいとワシに触れてみい。」
どうも歯切れが悪いが、従ってみることにする。
たがその手は、老師の体をすり抜けてしまう。
ユキ「これは一体・・・」
老師「驚いたじゃろ?と言っても笑い事にはならんな。お前さんの思っているように、ワシの体は2年前に朽ち果てておるよ。じゃが、残留思念というやつかの。そいつが強すぎるおかげで、こうして魂だけは存在しておるようじゃ。」
ユキ「残留思念ということは・・・、この世になにか未練が?」
もはや疑うのを諦めたのか、完全に信じこんだのか、ユキは話に夢中になっていた。
老師「うむ、それはな・・・・」
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時を同じくして、ここはグレン住宅街
シルファー「寝てはいないと思うけどさ」
見当違いの場所に、その娘は立っていた。