一人は持てる限りの勇気を胸に。もう一人は不安を胸に。
今まさに、ユキとシルファーは「思いでの場所」にて向かい合った。
シルファー「・・・来たけど」
先に口を開いたのはシルファーだった。
ユキ「うん。」
続いてユキが頷く。
シエラで会うのも大して昔というほどでもないが、その空気は重かった。なんの話か気になる側と、話そうか迷う側。緊張感だけが二人を包んでいた。
が、それに耐えきれないのはシルファーだった。無理矢理であろう元気を振り絞る。
シル「な、なーんか今日変な夢見ちゃってさ!そこにユキから手紙も来るし。落ち着かない1日というか・・・!」
まくしたてるシルファーであったが、ユキはなかなか動じない。
何事もなければ、お互い明るく話をするのが今までであったが、やはり今日はなにか違う。その原因が掴めないシルファーは、さらに不安を感じる他なく、この場の雰囲気に会うような重い話し方になってしまう。
シル「どうしたの・・・?」
聞きたかったのはこれであった。
単純に言えば、「なにがあったのか」それだけである。
ユキ「うん。そうだな・・・これからの俺達のために、言わないと。」
シルファーから見ればわけのわからない一人言だが、徐々にユキも、その心を決め始めていた。
老師の受け売りではあるが、真実を伝え、これからは迷いなくシルファーと戦っていきたい、その気持ちは本物だった。
シル「ねぇ、黙ってても仕方な・・・」
その言葉をさえぎるように、ユキが口を開く。
ユキ「シルファー、俺さ、今まで黙ってたことが・・・!」
その言葉をユキが発した瞬間だった。
ユキの体に得体の知れない何かが生じる。
違和感か、体調か。
なにかわからない、自分で自分を操作できない感覚。
シル「ユキ・・・?」
当然その変化にはシルファーも気付く。
今まさに確信となる話を始めようとした目の前の男が、突然黙りこんで動かない。
がしかし、ユキの脳内に直接語りかけるように、言葉が響く。
【霊体の便利なところじゃ。体を借りさせてもらうぞい。】
憑依。体の持ち主、ユキの意志に関係なく、別の何かが支配する。
だがこの場合、ユキの中に響いた声は、聞き間違えることはなかった。
ユキ「ろ、老・・・・師・・?」
そう呟いたユキはまだ落ち着かない様子である。
なぜ老師が?
まだ伝えていないのに。
様々な疑問や思いが飛び交うが、体は徐々に主に支配されていく。
シル「老師?老師がどうしたの?話そうとしてることに関係があるの!?」
シルファーもその様子を見れば混乱は隠せない。
なにかがおかしいのはわかる。だがその原因もわからない。
だが、その混乱をよそに、すでに目の前のユキは落ち着きを取り戻していた。
ユキ「なぁ、シルファー。」
その突然の落ち着きもまた、シルファーの動揺を加速させるが、話が気になるため、とにかく耳を傾けることにする。
シル「なに?」
ユキ「今日話したいのは、老師についてだ。」
シル「うん。」
ユキとしてもその話が目的であるが、もはやユキの体は9割方老師の憑依を受けていた。
異変は感じつつも、シルファーはその状態に気づいていない。
シル「老師は冒険者の育成のために、世界をまわってるんでしょ。」
2年前からユキに聞かされてきたことであった。
ユキも頷き、言葉を続ける。
ユキ「あれは嘘だ。老師は俺が殺した。」
真顔で、感情の起伏もなく、ユキは話す。
あまりにも予期しなかった言葉を前に、シルファーは唖然とする。
シル「おかしいな・・・、もう一度・・」
ユキ「老師を殺したのは俺だ。それ以上も以下もない。」
本当は聞こえていた。一字一句しっかりと。
だが信じられなかった。聞かなかったことにしたかった。
【またまた冗談を】、そんなことを聞き返せないほど、目の前の男は真剣な顔をしていた。
(シル・・・ファー・・・・)
自分の体の、わずかに残る本人の意識がなにかを伝えようとする。
だがその声が【自分自身】を動かすこともなく。
目の前の女性に届くことはなかった。