【老師は俺が殺した】
目の前に立つ青年ユキは、たしかにそう言った。
隠しても仕方ないのだが、今まで自分が所有してきた情報とあまりにも違うその言葉に、シルファーは動揺を隠せない。
そしてその青年ユキの、支配された体のわずかに残る【ユキ自身】が、体の奥底で声をあげている。
ユキ「お前、老師じゃないな。誰が化けている!目的はなんなんだ!」
体の中に本当の自分が押し込まれたようなものであり、当然シルファーには届いていない。が、ユキは支配に押し潰されそうなのを必死にこらえ、なんらかの返答を待つ。
だが、その返答は返ってこない。
ユキ(せめてひとこと、シルファーに届けば・・・)
その期待を込めつつ、支配に負けじと力を集中する。
そうこうしている間にも、目の前のシルファーは不安な顔でこちらを見つめていた。
シル「あまり疑いたくもないしさ、もう一度だけ聞くよ」
勇気を振り絞り、最後の望みを次の質問に託す。
シル(バカで、楽天家だけど、私より強くて、努力も一緒にしてきて・・・)
シル「嘘なんかつく奴じゃないでしょ!本当のことだけ話して!」
真っ直ぐに向けられた視線。それすら不安にギリギリ耐えていただけなのか、すぐさま泣きそうになってしまう。
ユキ『目障りなんだよな』
シル「え・・・」
予想だにしない言葉に、シルファーは体を地に崩してしまう。
先刻から積み重なるように、【信頼してきた男】の悲痛な言葉が、シルファーに次々と襲いかかる。
ユキ『お前は俺より弱い。だがお前は付きまとう。』
まるで憎い人間でも見るかのように、男の顔は変わっていく。
ユキ『だから2年前から計画してたんだ。【アイツ】をやっちまえば、シルファー、お前は立ち直れなくなるだろう。もちろん俺が陰で、だ。そうすりゃあ意気消沈したお前はようやく俺の側を離れる。』
違っていた。
もはや何も考えたくなかったが、やはり思ってしまう。
【ユキはそんなこと言わなかった】と。
ユキ『だがそれじゃあぬるい!』
張り上げる声にも、膝を曲げて座り込むシルファーには、もはや動じる余裕すらない。
ユキ『俺を信頼してきたお前は、それでも立ち上がりついてくる可能性があった。』
相手を卑下する目、更には口元には笑みすら浮かび始める。
ユキ『だからこその今だ!世界各地を旅するなんて適当な嘘で騙して、そして2年たった今!積み重ねた記憶、俺への信頼は一気に崩れ去る!抵抗するならしてみろよ。』
言葉にしなくても結果は明らかであるが、あえて男はそれを口から発することで、少女を突き放す。
2度と自分のもとへ戻らぬように。
シル「違うよ・・・。違う・・・もん・・。」
座り込む地面に無数の涙がこぼれ落ちる。
それは、もう戻らない日常の証と言わんばかりに、流れる涙に比例して、心は負の一本道を歩いていく。
シル「ユキは・・・嘘なんか、嘘なんか・・・」
絶対についたりしないんだ。
その言葉が、どうしても出てこない。
言葉を待たずに、男は踵を返し立ち去り始める。
当然そこに振り替える余地はなく。
シル「うっ、うぅっ・・・。」
絶えず聞こえる泣き声は、風と波の音ですら、かき消してはくれなかった。
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一瞬に、懸けた。
今を逃したら、チャンスはない。
役目は果たしたと、【支配する側】が安堵した今、この一瞬。
【意識の奥底】で、周りの様子なんて見えやしない。
だが、立ち去る今、安堵している今。
思わずがな、絶好の、そして唯一無二のチャンスだった。
ユキ「いつまでも大人しく従ってられるかよ!」
自身の全意識を研ぎ澄まし、最大限の力で。
ユキ「叫んだるわ」
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少女は、見送っていた。
顔を上げることすらままならない悲しみのなかで、見送ることしかできなかった。
追いかけても、きっともう・・・
【シルファァァァァァァァァァァッッ!!!またな!!】
シル「・・・えっ・・・」
去り行く背中は止まりはしない。
ならば何故聞こえたのか。今しがた自分との絆を絶ちきったばかりの男の声が。
幻聴か。それとも。
打ちのめされて立ち上がれない少女に、たしかにその声は届いていた。
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ユキ「届いたかな・・・」
そんな心配をしながら、ユキは気づいてはいなかった。
今のユキの微かな抵抗に気づいた【支配側】が、望みとも言えるわずかな意識すら、飲み込もうとしていたことに。
『消えろ。少女同様、今は亡き老師にすがる哀れな者よ。』