そして、それから数日が流れマデサゴーラが小さな赤子を布で包みネルゲルの元へと連れて来た。
「可愛いじゃろう?ほら、頭に小さな角がついておる、ネルゲルお主にそっくりだ」
ネルゲルは覗き見た。
「小さいな、目は開かぬのか?」
ネルゲルは赤子の頬をつついてみた。
その時パチリと目が開きネルゲルを見た。見開かれた目はネルゲルを見て笑った。その時、ネルゲルは心底後悔した。沸き上がるよくわからぬ感情。自ら弱点を生み出しだ感覚。
しかし、赤子を見ながらいつの間にか顔はゆるんで行く。そんなネルゲルを見てマデサゴーラはニヤリと笑った。
「お主でもそんな顔をするのだな、赤子の名は決めておるのか?」
「エトワールと決めておる」
「ふむ、星と言う意味か、冥王の星とは良い名ではないか!では余も我が子の元へ行かねばな!ネルゲルよ、エトワールをしっかり育てるのだぞ?」
困惑するネルゲルの手に赤子を渡し、マデサゴーラは去って行った。
そうしてあれから数年。
我は息子に振り回されながら父となっていった。我が子とはまさに思うがままにいかぬ不思議な命よ。我が跡継ぎなのだから厳しくしつけるつもりが甘えん坊の泣き虫に育ててしまった。だが、この一時の平和が楽しくもあった。しかし、その平和も続かない。
勇者が生まれた気配を感じる。じわりと沸き上がる焦燥感。この日より我が子を鍛える事にした。我が正式な跡継ぎとして。
「父さ〜ん!我と遊ぶのだ〜」
いつものように飛び付いて甘えてくる。
「我が子よ、これからは我の事は父と呼ぶのだ。常に威厳があるよう振るわねばならぬ」
エトワールはキョトンとした顔で首を傾げた。そして猛特訓を強いて、あえて厳しく接した。我が子の名も呼ばぬようにした。そんなある日、息子は泣きながら我に向かって来た。
「父よ!!何に怒っておるのだ?我が何かしたのか?なぜ我を可愛がらぬのだ!父さんはっ、父は我を愛さねばならぬ〜〜!!」
目にいっぱい涙を貯めて全力で愛せと訴えてくる。
「貴様が後継者として立派になるまでは名も呼ばぬし可愛がらぬ!」
プルプルと震えながら腕にしがみつき泣きながら頭を擦り付けてくる。
「嫌だ!!父さんっ!父さん〜〜」
【これはあまりにも不利だ】
父とは、なんと不利な立場なのだ。
そう思いながらその場から、息子から逃げた。息子には勝てぬ。
それでも息子は毎日のように全力で甘えてくる。だが、我は何としても守らねばならぬのだ!我が子を!!
そうして何とか厳しい特訓をしながら日々は流れた。ある日、息子はキツイ特訓に堪えかねて泣きながら叫んだ。「我は誉められて育つタイプなのだ!」
確かにそうかもしれぬ。
試しに厳しくするより誉めてみると凄い成果を出す。我が子ながら不思議な子よ。
【そしてその日は訪れた】
勇者ではなくエテーネの生き残りが我が冥王の玉座まで攻めて来たのだ。
信じられない事に我が冥府の縛鎖を霊魂に破らせ、我が呼び出したベリアル達も敗れ、我も敗れた。
冥王がよもや死を感じるとは!
思い出すのは我が子の事。
まだ死ねぬ、我の身を捧げてもよい!
ここで死ぬと我が子はどうなる?
だが、闇の源元の力を持っても叶わなかった。体が悲鳴をあげる。
我はそんなに弱かったか?
すまぬ!我が子よ!!マデサゴーラよ、どうか我が子を守ってくれ!
意識が消える瞬間、我が子エトワールの声を聞いた気がした。
「竜王よ!今こそ、我と父を交換して欲しいのだっ!!」
エトワールはいつの間に竜王と交流していたのだ?
そんな事を思っていると、竜王の力が発動し、我と息子の魂が入れ代わった。そしてエトワールは我の代わりに砕け散った。
「エトワールっ!!」
日が流れ目が覚めた時、我は息子の体にて目覚めた。そして息子の記憶は竜王により消されていた。
「この体は?我は復活したのか?」
「冥王様は復活しましたが、若返り、力が低下しているのです」
心配そうに我を見るしもべの一人が答える。
「確かに力が足りぬが、若返りだと?」
釈然としない。我は何かを忘れている?何を忘れたのだ?
何を無くしたのだ?
思い出さねばならぬ。
そしてマデサゴーラが我と同じ人間により倒されたのも聞いた。
こうして息子を忘れ、エテーネの生き残りや、誰にも負けぬよう力も徐々につけた頃、所々にある息子のいた形跡を見つけようやく気がついたのだ。鏡に映る顔が誰かを。
「なぜ、忘れていたのだ?」
我は竜王に会いに行った。この記憶を無くしたのは紛れもなく竜王の力だ。
つづく