今、アストルティアでは「おっとっと とと丸グランプリ」という釣り大会が開かれておる。
森永とのコラボらしく、魚もどこか可愛げがある。
チムメンたちが「ロトさんも参加しようよ」と誘ってくれた。
普段なら釣りは苦手でツールのみだが、なぜか今回は心が動いた。
風が少し潮っぽくて、無性に竿を握りたくなったのだ。
港町レンドア南で竿とルアーを受け取り、ゴブル砂漠西の海岸へ。
太陽がまぶしく、砂浜にはもう多くの釣り人たちが並んでいた。
「ロトさん、とと丸釣れた?」
「まだじゃ、浮きが沈まん。」
そんな他愛のない会話をしながら、のんびりと糸を垂らす。
潮風が心地よい。
海面に光がきらきら反射し、遠くでグールたちの歓声が聞こえる。
魚影がちらりと見えた。
あれが噂の“とと丸”か? 思っていたより丸い。
浮きが一度、ふっと沈んだ。
お、来たか。竿を引く。
手ごたえは軽くもなく、重すぎもせず、何か不思議な抵抗を感じた。
リールを巻くたびに、波が音を立てて弾ける。
海の匂いが濃くなり、潮が頬にかかった。
少ししょっぱい。
「ロトさん! がんばって!」
後ろから声援が飛ぶ。
「おう、見とれ! これが大魔王の本気じゃ!」
大袈裟に言ってみせるが、実際は腕がぷるぷる震えておる…
魚との戦いというより、自分との戦いだ。
浮きが大きく引かれた瞬間、思わず腰を落とした。
これは大物か?
だが、引き上げた先にいたのは……とと丸ではなかった。
青白い光が糸を伝って走り、
水面の奥で何かが静かに揺れた。
魚ではない。
ただ、確かに“目”のようなものが光った気がした。
「……なんだ今の。」
隣の釣り人が首をかしげた。
わしもよく分からない。
だが、竿を持つ手がほんの少しだけ濡れている。
潮風にしては妙に冷たい感触だった。
結果はもちろん、サイズ登録圏外。
ピタリ賞どころか、ランキング付近のとと丸すら釣れなんだ…
だが、不思議と悔しくない。
海を見ているだけで、なぜか落ち着く。
水面を渡る光の筋が、見ていると懐かしい。
なぜだろうな。
帰り際、砂浜に落ちていた小さな貝殻を拾った。
子どもが落としたものだろうか。
手のひらに乗せると、少しあたたかい。
耳に当てると、かすかな音がした。
潮騒……かと思ったが、どうも違う。
“おかえり”と聞こえた気がした。
気のせいじゃろう。
釣りのしすぎで疲れたのかもしれん。
けれど、その夜。
鏡を見ると、髪の色が光を受けて少し淡く見えた。
ランプの灯りのせいか、あるいは――。
まあ、よい。
今日の海は静かで、美しかった。
それだけで十分じゃ。
明日も釣り大会に出るつもりだ。
1010.0cmのとと丸を釣り上げるまで、もう少し粘ってみる…
ただ……どうしてだろう。
海を見ていると、胸の奥が落ち着くのだ。
まるで、懐かしい家に帰ってきたような気がする。
潮のにおいがする。
それだけで、心がすこし柔らかくなる。
──さて、次はどんな魚がかかるかのう。