海の気配が消え、わしは再びいつものエルフに戻った。
耳も肌も、見慣れた自分。
なのに胸の奥には、まだ柔らかい波が寄せて返しておるような感覚が残っておる。
昨日の覚醒は夢だったのか。
それとも、ほんの一瞬だけ“違うわし”が姿を見せたのか。
まだ分からん。
じゃが、あの時の光と波音だけは、どうしても幻とは思えん。
今日インしてみると、いつもと同じように仲間たちがいて、
笑ったり、黙ったり、冗談を交わしたりしておった。それを眺めながら、ふとこんなことを思ったのじゃ。
この世界は、ほんの小さな気遣いでずっと優しくなるんじゃな、と。
何気ない一言でも、
誰かの心を沈めてしまう時がある。
軽く触れたつもりの冗談が、
相手にとっては波の刃になることもある。
忙しさや疲れで、
つい不満をそのまま投げてしまう日もあるじゃろう。
「本当はやっちゃいけないこと」に触れてしまうこともあるかもしれん。
わしも、過去に似たような後悔を何度もしてきた。
だからこそ思う。
大事なのは“間違えないこと”や“完璧であること”ではなく、
ほんの少しだけ優しい波を選び直すことなんじゃな。
波は大きく荒れる必要はない。
静かに寄せ、静かに返すだけでええ。
誰かを沈めないように、
自分が後悔しないように、
ただそっと優しい波を選ぶ。
昨日、海に触れたことで、
わしはそのことに少しだけ気づけた気がするのじゃ。
エルフの姿に戻った今、
わしは改めて思う。
この姿で進むことに、何の迷いもないと。
海の青さではなく、
わしの胸の内に残る柔らかな波こそが、
本当に大切なものなのじゃと。
今日もチムクエをこなし、
誰かの一言に笑い、
短い挨拶を交わすだけで心が整っていく。
わしが変わったのではなく、
“気づき”をもらっただけなのかもしれん。
これからも、
誰かを沈める波ではなく、
誰かをそっと浮かせる波でありたい。
ロトシオンはここからまた歩き出す。
昨日よりほんの少しだけ穏やかで、
ほんの少しだけ優しい心で。
海が呼ばぬなら、
わしが行けばよい。
胸の奥で鳴るこの静かな波とともに、
次の一歩を刻むのじゃ。