※この物語の時間軸は、Ver2.2終盤です。未到達の方は、ご容赦ください。
※また本作は、ゲーム本編及び関係者・団体とは一切関係ございません。2次創作が苦手な方はご遠慮いただきますよう、お願い致します。
※過去作『とけないこころ』と、そこはかとなくリンクしてます。ついでにお読み頂けると、筆者が幸せになります。
――――アンルシア……アストルティアの勇者よ……頼む……この世界を、救って……くれ……
あの光景が時折、私の中でフラッシュバックする。
眠りから目覚めて、アンルシアはしばらく自分がどこにいるのかを失念した。ベッドの天井。灯の消された照明。壁にかけられた肖像。虚ろう視線をゆっくりと転がしてゆく。ああ、ここは私の部屋のようだ。むせかえりそうな、瓦礫と煙の臭いはない。忙しなく脈打つ心臓が落ち着くと同時に、安堵がやってきた。
ひどく汗をかいていたらしい。寝衣が肌に張り付く。心地悪い感触だ。疎まし気に二、三寝返りをうったが、どうにも眠気の再訪には些か間が悪かったと見える。
諦めた色でふう、と息をつき、ベッドの上で身を起こした。
グランゼドーラまで侵攻が迫った先の戦乱の中、愛する兄を亡くしてからというもの、アンルシアが今こうして城へ戻るまでには紆余曲折があった。
不思議な巡りあわせから、その亡き兄の魂と語らう機会を得る事となる。が、あまりにも短すぎるその時間では、刻まれた後悔は消しきれず、今もこうして夢に見る。周囲からは勇者と称えられるが、彼女もまだまだ未熟な人間で。かぶりを振って雑念を払おうとするも、中々にして兄の顔が頭から離れない。
弱い人間だ、と。この頃は自己嫌悪も多くなった。
人の前に立つ勇者としての重圧が、逆に猜疑心をも生むとは何とも皮肉ではある。先日に至っては、最も信頼すべき盟友にまで、その矛先を向けてしまった。恥じる行為だったと後にして立ち返る。それでも、感情をあまり表に出さない口下手な彼女が自分を立ち直らせようと、不器用ながらも言葉を投げかけてくれた。
その言葉に、信頼に答えたい。支えてくれる人たちに情けない姿を見せないように――だが、そう気を張ると、決まってアンルシアは兄の夢を見るのだ。
物思いに耽ると、どんどん眠気は遠のいていく。こうなるとどうしようもないので、仕方なくベッドから離れることにする。私室の机に覚束ない足取りで向かい、置かれたピッチャーとグラスを手に取った。しかし、透明なグラスに注がれる水に焦点が合わない。灯を付けるか迷うものの、まだ判然としない意識がその判断を鈍らせる。案の定、勢いあまって少し水を手に零してしまった。
一瞬の逡巡。
全てを割り切れる程、大人になったつもりはない。かといって、掬いきれなかったものに手を差し伸べるのには躊躇いが生まれる。構わず、そのままくいと水を一気に飲み干した。
ああ、もう。内心は穏やかでなく、ただただ己の無力さに苛立ちが募るばかり。もう一度水を呷ろうかとも思ったが、そんな気分にもなれなかったのでグラスを置いた。
ふと、幼き日の肖像画が目に入る。
幸せそうな家族の絵。まるで他人を見るかの様にそう思ってしまった。だがそれは紛れもなく幼少の頃の自らであり、父母であり、そして兄であった。幸せは過去のものと言われているような気がした。実際にそれは変えようのない事実だし、そして今では戻ることも能わない。昔日の兄様の肖像が、今の妹を見つめている。
「……そんな目で私を見ないで、兄様」
アンルシアは逃げるようにして、自室の扉を開けた。
~part2へ続く~