※この物語の時間軸は、Ver2.2終盤です。未到達の方は、ご容赦ください。
※また本作は、ゲーム本編及び関係者・団体とは一切関係ございません。2次創作が苦手な方はご遠慮いただきますよう、お願い致します。
※過去作『とけないこころ』と、そこはかとなくリンクしてます。
※part1からお読み頂くことを、強くおすすめします。
自室を出ても、当たり前だが今はまだ夜で、望まぬ夜長が急に明けるはずもない。ただ、息の詰まるあの空間から抜け出したかっただけだ。子供の頃は、眠れぬ夜はよく兄や両親のベッドに潜り込んだものだった。それを今の歳でやるほど分別がつかない訳ではないが、求めているものはまさしくそれであった。家族のぬくもりが欲しい。それが叶わぬと分かっていても。
こんなこと、今まではなかったのに。
ふ、と短く息を吐いて、手近な椅子に腰を下ろす。
照明はあえてつけないままでおいた。従者を起こすのも申し訳ないし、何より今は一人の時間が欲しかった。気持ちの整理がつかないのだ。ヘアバンドでまとめていない乱れた髪が、視界をまばらに遮る。
――――世を去った兄が現世に舞い戻り、今は敵として立ちはだかっているなどと、誰が想像しただろうか。そんな想像はできないし、したくもなかった。何より、自分が一番信じられないのだ。そんな気持ちを話せないこの息苦しさがあり、辛さもあり、悲しさも、怒りも、やるせなさも感じる。目まぐるしく湧き上がる感情がない交ぜになって、どうかすると吐き気さえもよおしそうだ。
魔元帥は言った。絶望する人間の顔を見るのはいいものだ、と。
そう、確かに勇者は、あの時絶望した。自分では分からなかったが、酷い顔をしていたのだろう。記憶の世界で兄様は否定したが、綺麗事だけで世界は出来ていない。兄様は私が殺したようなものだ、と。もしかして、復讐の為だろうか、と。そんな邪推が頭をもたげる。いや、そんなはずは。兄様は操られているだけのはず。でも、万が一。違う、違うの。そう思いたくない。思わせないで、兄様。
望まぬ形の邂逅。何故あの時、何も答えてくれなかったの。
「う、うぅっ……」
嗚咽が漏れた。
兄の存在はかけがえのないものであったはずなのに、それを否定したがっている自分がいる。
恐ろしい。自分が思い描いた勇者のあるべき姿から、強く突き放されていくのが。それは守るべき者たちから必要とされなくなるかもしれないという事と同義で、言いようのない孤独が絶えずアンルシアを襲う。
こんな心中を、誰に打ち明けられようか。
机の上に横たわる手の中に、じとりと嫌な汗が滲む。
先程の息苦しさが戻ってくるようだ。押し込められた水の中の如き、あの感覚が。
「……んな時……どこ……でかけですか……」
「外の……を……に行……と……」
扉一枚を隔てた先。途切れた会話が微かに聞こえたのは、その時だった。
こんな時間に一体誰が、なんて事を不意に思ったが、そもそも自分がふけゆく夜にまだ居座っているのだ。人の事など言えないと自嘲するのだが、でもなんとなくその会話も少し気になって。少し後ろめたい気持ちが心を掠めつつ、足音を忍ばせ、扉の先に耳を澄ませてみる。
「時間も……し、誰……に……」
「……に……遠くへは……一人……なの」
やはりというか、流石に話の内容をほとんど聞き取ることは叶わなかった。が、話しているのはどうやら二人らしい。辛うじて聞こえる声の一人は、いつも部屋の前にいる衛兵の声だ。しかし、もう一人の方の声がよく聞き取れない。どうやら、扉から離れた所で話しているようだ。
しばらくして、その声も聞こえなくなった。話が済んだのだろうか。
ただの巡回の連絡かも知れない。本来は別段気にする程のものではないのだが、この時は何故だか茫洋とした不安に駆られた。城の者たちが勇者であり姫である自分の事を敬愛してやまないのは重々承知している。それでも、陰で何か言われているのか、なんて疑念が浮かんでしまったら、今の彼女にはとても耐えられそうにない。
自室に戻り、簡単な上着を羽織ってから、外へ向かう扉へと足を運んだ。足取りは幾分か重かったが、その焦燥感が体を突き動かした。
両開きの扉を押す手に力を込める。ぎぃ、と軋む音が響いた。
~part3へ続く~