※この物語の時間軸は、Ver2.2終盤です。未到達の方は、ご容赦ください。
※また本作は、ゲーム本編及び関係者・団体とは一切関係ございません。2次創作が苦手な方はご遠慮いただきますよう、お願い致します。
※過去作『とけないこころ』と、そこはかとなくリンクしてます。
※part1からお読み頂くことを、強くおすすめします。
海のすすり泣く声が、一瞬の静寂を埋めた。
「え……?」
「みんな、死んだわ。冥……ああ、大魔王の手先に滅ぼされてね。私は偶然外へ出ていて、戻ったら村はもう火の海」
「……ごめんなさい、私、知らなくて」
「いいのよ」
これまで言ってなかったのはこっちだしね、と盟友は言う。重苦しい告白をできる限り明るい雰囲気で済ませたかったのだろうか、お道化た様に右手をひらひらと振って。 けれどもその表情は、依然感情を表せないままでいる。<
アンルシアは沈痛な表情を浮かべて、それでも謝らずにはいられなかった。そして言外に、それが盟友の見た夢――恐らくは悪夢――であろう事も、同時に悟った。
「本当に孤独になった人間の末路なんて、憐れなものよ。悲しみに暮れて自分の涙に溺れるか、憎しみに駆られて修羅の道を往くか。さしずめ、私は後者かしら」
「そんなことはっ」
「嘘よ、嘘」
底の見えない振舞いのどこまでが本気なのか、アンルシアは皆目見当が付かなかった。何か深い闇を抱えている事は容易に見て取れたが、それが如何ほどに彼女を蝕んでいるのか、などはもってのほかである。それでも想像はできる。今まで自分の全てであった世界が文字通り 焼け落ちていく様を、どのような気持ちで脳裏に焼き付けたかは。
「でもね、村が炎に包まれたあの日を、私は一日たりとも忘れた事はない。これは本当」
「……」
言葉が出ない。それもそうだ、例え憐憫の意を表したとして、盟友の心に安らぎを与える事は叶わない。
いかに壮絶な経験をしていようと、勇者にその実感が伴わない以上、かける言葉は何を以てしても偽りとなってしまう。歯痒さを禁じ得ず、アンルシアは唇を噛み締めた。
「貴女が魔元帥に抱いている感情は、間違いなく私と一緒だと思う。でも、その感情はお兄さんにも向けられるものなのかしら」
どきりと心臓が跳ねた。
女特有のものでなく、盟友が元々備える感の鋭さ。それはアンルシアの抱いていた鬱屈した思いをいとも簡単に言い当てる。戦慄にも似た感情に勇者は身を震わせて、固唾を飲み込んだ。
何かのシンパシーを感じていた。今まではそれを、大魔王打 倒という同じ志によるものと思っていた。だがそれだけではなかったのだ。愛しき世界に影を落とした元凶に向ける、仄暗い怨嗟の念。盟友の指摘するのは目を背けたくなるその感情であり、盟友と勇者の紛うことなきもう一つの共通点。奇しくもそれは殆ど時を同じくして生まれた感情であったが、二人はその事実など知る由もない。
「アンルシア、貴女はまだ間に合う」
アンルシア。
きちんと名前を呼ばれたのは、久しい気がした。
「貴女はまだ全てを失った訳じゃない。お兄さんに囚われていたら、いずれもっと多くのものを失う事になるわ――――私のように、ね」
ざざ、と波が砂浜を擦る。海と大地には境界こそあれ、それは絶えず押しては引かれ、揺れ動いている。アンルシアもまた、後に引けぬ感情の波を押し流そうとするものの、盟友はその勢いを自らの身で受け、待ったをかけたのだ。これまでの平穏、これからの未来。何もかもを失った盟友と、それでもまだ未来の失われていないアンルシア。私のように。今、彼女はそう言って、明確に二人の間に線を引いた。まだ、まだ間に会う。
やり直せる。僅かでも兄に抱いてしまった拒絶も、まだ、今なら。
「……ありがとう」
~part6へ続く~