2年前のドラゴンクエスト生誕30周年記念の一環で発売された「しんでしまうとはなにごとだ!」を今更ながら購入しました。登場人物の名セリフやおなじみのシステムメッセージが、それらが生み出された過程などを堀井さんの解説を交えて紹介されている本です。ドラクエを語る上では地味でありながら重要な要素です。同義内容を別語彙で示すとその瞬間にイメージが変わりかねません。
この本で扱われている名言をいくつか取り上げて、私の感想や体験を述べていきます。
「それを すてるなんて とんでもない」
無味乾燥になりがちなシステムメッセージに一工夫加えることで、プレイヤーの心理に訴える温かな伝言になります。確かにその通りだと思いました。心を動かされることで印象を強めているように思えます。確かに、他のゲームの中には、捨てられるアイテムの場合、単純にその数を減らすだけでメッセージすらない無機的なものもあります。これを見ると些細ながらもドラクエに心を傾けさせられると思います。
最近、ドラクエ10では操作性を理由にアップデートの度にメッセージ削除をする傾向が良く見られますが、ドラクエ特有のメッセージの温かさは残してほしいものです。
「いなかものは かえれ かえれ」
ドラクエ3のエジンベアの人たちの対応ですが、ドラクエ10に例えるなら
「耐性のない奴は来るな」
「テンプレ職でない奴は帰れ」
に似ているようにも思えます。
たかがゲーム、されどゲーム。そして、ドラクエはプレイヤーの感情移入を誘う仕掛けが多く感じますが、かつてエジンベアの人たちに抱かされた不快感を、今度は抱かせる立場になる冒険者が少なからずいることは残念です。
ちなみに、かつてレベル上げに狂奔するプレイヤーと関わったことがありましたが、力を得た結果の態度逆転を諌めたことがありました。他のマンガで師匠的立場の者は言います。
「お前は間違えるな。何の為に強くなるのか?」
「強さの果てに何を求める?」
常に謙虚でいたいものです。
「おきのどくですが ぼうけんのしょは きえてしまいました」
ドラクエプレイヤーにとって一番最悪なフレーズだと私は思います。自分の意思に反して、これまで築き上げた全てが消失する絶望感は言葉にするのが困難です。私にとっての一番ショックはドラクエ6のぼうけんのしょ消失でした。はぐれメタルやランプのまおうを仲間にし、全キャラ最高レベル到達まで、23キャラ中残り3キャラで、その3キャラもレベル80代だったときに、ぼうけんのしょが消失。これは大変な出来事でした。
ちなみに、今世紀以降のドラクエ作品は技術の進歩により、余程のことがない限り、ぼうけんのしょが消えることはないですが、似た経験はドラクエ10にあります。
アップデートの度に職や装備の流行が変わると、それまで築いたものを場合によっては壊さなければならない。私にはこれがまるでぼうけんのしょが消えるのと同じに感じます。レンジャーを極めようとするのは、そうした喪失感を抱かずにプレイしたいからなのかもしれません。
「トンヌラというのはどうだろうか?」
ドラクエ5の主人公の父親に付けようとしていた名です。間の抜けた雰囲気の名でプレイヤーの笑いを誘います。トンヌラはドラクエ2と6にも出てきます。しかし、思い起こせば近年のドラクエでは「トンヌラ」という4文字を見ていない気がしました。懐かしさと復刻希望の念が起こりました。
長くなるので、いったんここで切ります。
後半をお楽しみに。