※この日誌は、蒼天のソウラ二次創作です。
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「…ふう、なるほどな。いやはや、依頼をするために呼んだというのに、逆に依頼をされるとは、なんともはや。」
ヴェリナード現国王、ディオーレ女王陛下と会うのは実に二年ぶりだった。この方向音痴の渡り鳥のような魔術師であるリンドウは、クエストを終えれば情報隠匿のために長い間同じ場所に留まる事はせず、また次に訪れる事を待つしかないという、依頼を申す側からすればなんとも不便な放浪者だった。
その彼女が、久し振りにヴェリナードへ滞在する。今度ばかりは本格的に今後の彼女との付き合い方を考えたいと進めていたディオーレ女王だったが、逆に彼女から依頼を寄越されるとは夢にも思っていなかっただろう。
「すみませんね、久方ぶりだと言うのに、こんな態度で。…で、どうでしょう。…受けて貰えますか?」
「一も二も無い。引き受けよう。対岸の火事でもないからね。魔法戦士団も、それで良いか?」
「はい、無論です。」
「では、双方の案件受諾ということで進めようか。」
ほぼ二つ返事で、リンドウとの取引はここに結ばれた。互いの情報共有や細かい調整、報酬などについてはこれから話を詰めるが、リンドウはほっと少し、安堵した。自分一人だけではどうにも勝機が薄いと判断してのことだったので、一国一城の力を借りられるというのは本当に大きい。俊敏さには欠けるが、確実性は何よりも大きい。それが国の力というものだ。
「で、だ。…すでに報告は聞いている。被害の詳細もな。だが事情を知るリンドウに、改めて聞こう。…それほどまでに、危険か?」
何が、というのは勿論、現在巷を騒がせている、ヴェリナード魔法戦士団員襲撃事件である。死者行方不明者は昨日までで52名、被害に遭った人員はすでに100名を超えていた。諸国への人員派遣の任務も滞り始めており、国家の信用問題と言えるだろう。
「掛け値なしにヤバい相手ですよ。Aランクは妥当でしょう。というより…"知っているんじゃないんですか?"」
一瞬の沈黙。それをリンドウは確かに聞き逃さなかった。ディオーレ女王の声にかき消されてしまったが、会議室にいるリンドウ以外の全員が当事者である筈の戦士団の表情が曇るのを。
「それほど容易な相手であれば良いのだがな…数年前とはいえ、奴はもう私達の知っている者ではない。あれは、復讐者(アヴェンジャー)だ。想像はつくだろう?」
「ん…まあ、そうですよね。そうじゃなかったら…。」
一瞬だけ、視線を逸らした。
「…浮かばれないんですかね。」
「まあ、恨んで然るべき、などとは言わないがな。」
「違いない。」
自分もそうなるのかもしれないのだから。
そう言いかけて、やめた。
可能性はあるのだろうが、それは今ここで言う必要はないことだ。
昔のリンドウであれば、ここで無遠慮に言えていたのかもしれないが、今のリンドウにそれを口にする勇気はない。むやみやたらと信用を落としかねない発言をする必要もない。
たとえ魔女という生き物が、最期はそうなるのだとしても、それでも黙って終わりを受け入れることはできない。誰だって足掻いた。生きるために、死にたくないがために。
リンドウは決して話そうとはしないが、ディオーレ女王はほぼ彼女の体調の事を看破していた。
端的に言って、以前会った時よりも悪化している。
リンドウの行い続けている悪意の魔導書の焚書。口に出すのは簡単だが、その実情は厄介な存在この上なかった。当然始末されまいと、敵の魔法使いや時には魔導書そのものが迎撃してくることもあり、そのどれもリンドウが冷や汗を流す事も多い油断ならない難敵だった。
しかしその中でも特に深刻だったのは、魔導書に込められた人の悪意が、リンドウの身に感染し身体へ蓄積していることだった。
悪意に塗れた者の末路は古今東西悲惨で陰鬱なもので、それは世界中の悲劇の物語が示す通り。
そしてリンドウもまた、その悲劇の入り口に立っていた。いや、もう地獄の三丁目くらいまでは歩いたかもしれない。悪意の魔導書、それに汚染された一般人や魔法使い、その毒牙にかかった村や町。
沢山の悲劇を見た。多くの苦しみを見た。数え切れぬほどの人の悪意を見た。それは人の心を腐らせるにはあまりにも膨大で、普通の人間ならば悪意に感化され、廃人に陥るだろう。