※この日誌は、蒼天のソウラ二次創作です。
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ディオーレ女王との細かい話の詰めも終わり、リンドウは再び、少し霧の立ち込めるヴァース大山林の獣道を一人で歩いていた。
山林の中心から少し外れたところとはいえ、今日日は随分と辺り一帯が静けさに包まれている。この世界中全てが冒険者の冒険の舞台であり、どんな田舎の片隅でも石を投げれば冒険者に当たるほどだ。それでも、烏一匹鳴きもしないほど、奇妙な静寂がリンドウを視ていた。
「静かだねえ…ん?」
そんな静寂を破ったのは、一つの足音。森の奥から突如降りてきた影はそっと地面に着地すると、確かにこちらへ真正面から歩み寄って来た。徐々に霧が薄まり、その人物の影が晴れる。
「なんだ、アザミじゃないか!どうしたよ?用事はもう済んだのか?」
相手もこちらを確認したのか、木々の根っこに足を取られないようにひょこひょことアザミはリンドウの前に姿を現した。少しほっとしたのか、向き合ったアザミも少し落ち着いた口調で声をかける。
「ええ。…あれ、さっきのウェディの人は?」
「ああ、もう帰ったけど…なんだ、アイツに用があったのか?」
「いえ。用があるのは貴女よ、リンドウ。」
「私にぃ?」
「ちょっと聞きたいことがあってね。」
「聞きたいこと?」
「本当はさっき話したかったんだけど…他の人に聞かれたくなかったから。信用できる相手かどうか分からなかったし。」
「なんだよ、そこまで改まって。」
「いえ、ちょっと互いの命について関わる事だから、慎重にもなっちゃってね。」
少しだけ神妙な空気に変わる。湿地の多い大山林を包む霧が、ほどよくリンドウの頭を冷やしてくれた。
「怒らないで聞いてほしいのだけど…私達魔女って、毒を用いて身体に病気だと思い込ませるじゃない?砒素然り、硫黄然り、水銀然り。」
「まあ、そうだな。魔瘴は危険すぎるからな。長期的には使えん。」
「私、貴女と最後に別れてから魔女になった話はしたわよね。二年くらいかかっちゃったけど。リンドウも魔女になる勉強を続けてたって言ってたわ。」
「ああ、そうだな。私は一年と少しかかっちまったけど。」
「そうよね。でもね、だとしたらおかしいのよ。」
「おかしい?何が。」
「だってリンドウ、貴女には良くないものが体内に溜まってはいるけれど、毒素に関する類の物質は一切感知できなかったんだもの。毒物や魔瘴を摂取してないって事よね?」
「…!」
「それってつまり…"貴女はまだ魔女になっていないってこと"?」
少しの沈黙。リンドウが驚いたのは、自身が魔女でないことをアザミに指摘されたことではない。
驚いたのは、アザミがリンドウの体内をスキャンして実情を把握していたところである。確かに、アザミの魔術の腕があればそれは可能かもしれないが、それにリンドウは一切気付けなかった。魔術的な反応があれば、その一切を弾く事ができるのに。
「ああ。私は魔女じゃないよ。まだ普通の魔術師の域を出ていないさ。アザミはあれから魔女になったんだろ?凄いよな。」
「…やけにあっさり認めるのねえ。」
「あ?別に私が魔女であろうとなかろうと、アザミには関係ないだろ?」
「まあそうではあるんだけどね…困ったわ、質問が一個増えてしまったもの。」
「まだ何か聞きたいことがあるのか?」
少しだけアザミの顔が強張る。アザミは魔女になったのに、自分はまだ魔女になっていない。その事が気に障ったのだろうか。だとしたら謝らなければな…そんな事を思った。
「ええ。さっき良くないものが溜まっている事に気付いたのと同時に気付いたんだけどね…貴女、どうして賢者の石を持っているの?」
これはアザミの疑問が正しかった。先程会った時には、リンドウの口ぶりは如何にもこれから賢者の石を手に入れる予定がある…という態度だった。なのにもう石を持っているというのは話が合わない。
が、リンドウはけろっとした態度で答えてみせた。
「賢者の石?ああ、持ってるよ。」
「…またそんな、軽く答えるのねえ。さっきは持ってないみたいなこと言ってたじゃない。」
「ん?ああいや違う違う。"持っている"けど、まだ"私のものじゃない"んだよ。」
「どういうこと?」
「所有権留保に近い…っつっても、クエストを熟す人間じゃないアザミには分からんかもしれないけどな。次の依頼を熟して初めて石は私のものになる。けどその依頼を熟す前に死なれちゃ困るってんで、私に貸してんだよ。」
「…あー、なるほど。使用権はリンドウに移ってるけど、所有権はまだ依頼主のところって訳ね。じゃあ貴女が石を持っているのは確かなんだ。」